☆Tao☆疑似シナリオリプレイ(2)

逆襲のウパ
夢と戯れし木漏れ日の舞踏姫・リシェル(a10304)





旅団『☆Tao☆』にある施設のひとつ、温泉図書館。
 普段、友好団員はおろか当の旅団員にすらあまり使われることのない場所であるそこへ、毎晩のように現れるふたつの影があった。
 ヒトの武人・ファスト(a07781)と駆け抜く春風・ダスティス(a12810)である。
 人知れず夜中に現れた2人の目的は、もちろん仲良く温泉に浸かる事ではない。彼らは警戒した面持ちで辺りを見回して他に誰もいないことを確認し、暖かな湯煙をあげる湯船の手前まで近づくと、そこにしゃがみ込んだ。
「やあっウパパ、今日も元気にしてたかい?」
「おっ、ルパパも大きくなって来たな。……来週辺りが頃合か」
 2人はにこやか(かつ邪悪)な笑みを浮かべながら、乳白色の水面から顔を出す小さな生き物たち……ウーパールーパー(通称ウパ)を眺めている。2人が懐から餌を取り出すと、ウパたちは慣れた様子でそれをねだり始めた。
 そう。すでに暗黙の了解となっていることだが、この男湯は『☆Tao☆』の名物であるウパ丼の材料、ウパたちの養殖場となっていたのだ。
 ウパたちに十分すぎるほどの餌を与え、満足げな表情で温泉を後にした彼らは気付いていない。静かだった水面が緩やかに波打ち、そこからウパたちよりも幾回りも大きな、何かが出てきたのを。
 ……そして、翌日。

 かぽーーーんっ。
「気持ちいい〜♪ なんか、温泉入るの久しぶり?」
「そう言えばそうかも……でも、温泉はやっぱり気持ちいいね〜♪」
 お湯に浸かって伸びをしつつ、気持ち良さそうに言葉を漏らす夢と戯れし木漏れ日の舞踏姫・リシェル(a10304)と、彼女の言葉に苦笑しつつ答えている深緑の癒し手・ユウコ(a04800)。2人は思い出したかのように温泉に入りに来たところを入り口で顔を合わせ、せっかくだから一緒に入ろう、という事になったのだ。
「えへへ〜、ユウコさんとお風呂入るのも久しぶりだね……あれ?」
 リシェルは温泉の隅で動く見慣れないものを見つけ、近寄ってそれを抱き上げた。それは本来女湯では見かける事のない生き物……ウパ。
「ウパ? なんで女湯の方にいるんだろ。向こうから逃げてきたのかな?」
 彼女が疑問を口にしたその時。
「た……大変だ!! 男湯のウパたちが……!?」
 派手な音を立てながら脱衣所の扉を開け、入ってきたのは黒炎の狗・カナト(a00398)。その腰にはかろうじてタオルが巻かれているが、他には何ひとつ身に着けてはいない。でももちろん、何も身に着けていないのは女湯のメンバーも同じわけで。
「あ……別に見ようと思ったわけじゃ……いや、決して見たくない訳でもないんだが……じゃなくて……なんというか……」
 顔を真っ赤にさせながらあたふたと訳の分からない事を言っていたカナトだが、ふと我に返ると硬直している女性陣から慌てて視線を逸らす。とは言っても時すでに遅し。
「「きゃーーー!!!」」
 一瞬の後、2人の叫び声が見事に重なる。2人はタオルで身体を隠しつつ、手近にあった桶を投げ始めた。
「……うわ、待て待て、待ってくれ! これは不可抗力だろぉっ!」
 言いながら後ろを振り向き脱衣所へ逃げようとするカナトの後頭部を、飛んできた桶のひとつが的確に捉えた。さらに、倒れこんだところにもうひとつの桶がヒット。
「女の子のお風呂を覗くなんて……カナトぉ、分かってるよね……?」
「もちろん……覚悟は出来てるよね?」
 こちらを見ることも出来ず倒れたまま動かないカナトに対し、言葉とは正反対な満面の笑顔のふたり。ただ、目は笑ってないけど。
 そして。先ほどの女性2人の悲鳴同様に、カナトの悲鳴が上がるのだった。

 ようやく落ち着いた2人は、服を着て女湯の入り口で待っていたカナトと合流し事情を聞き始める。
「すまん、つい慌てて……とにかく、説明より見た方が早い。これを見てくれ」
 自業自得……と言うには少し派手目に体中をボロボロにしたカナトに連れられて2人が男湯に向かい、勢いよく男湯の扉を開けると。
「う。これって……」
 促され中へと入ったユウコとリシェルは、その光景に絶句してしまった。本来お湯が満たされているはずの湯船が、ウパで満たされていたのだ。
湯船だけではない。男湯のいたるところにウパたちは溢れ、脱衣所にまで流れ込んで来そうな勢いだ。
「久々に温泉にでも入ろうと思ったんだが、来たらこうなってた。しかも」
 驚きで声も出ない2人にカナトが言うと、彼は湯船に近づき1匹のウパに向かって手を差し出す。すると、それに反応したかのように、ウパが手に向かって飛び掛って来たのだ。「……てな具合。どうやら、凶暴化してるみたいなんだよな」
 すでに警戒していたのか驚く様子もなくそれを軽くあしらうと、カナトはやれやれと言った表情で2人の顔を見た。
「……このまま放っておいたら、女湯の方まで侵食されちゃう。ううん、もしかしたら他の施設まで……皆でなんとかしなきゃ!」
 しばらく立ち尽くしていたユウコだが、彼女はふと我に返り真剣な表情で呟く。その瞳には、普段穏やかな彼女には珍しい強い決意の色が映っていた。







●それぞれの思惑は
「うわーっ! すごい数のウパ! いったいどれだけウパ丼が作れるのかしら……?」
「これならお腹いっぱい食べられるよねっ♪」
 男湯に溢れるウパ達を眺め、そう漏らしたのは輝きのふたつ尻尾・リモネアーデ(a05950)と森の子きのこ・メリル(a10777)。後に大量に作られるであろうウパ丼の事を考えたのか、慌てて口元を隠すものの、じゅるり、という水っぽい音までは隠せない。
「これだけ増えたのには、きっと何か原因が……増殖の原因を絶てば、きっとこの謎の現象も治ると思うぱ……コホン」
 まじめな顔をしながら呟いているのは、駆け抜く春風・ダスティス(a12810)。語尾が多少気にはなるものの、解決をしようと言うその気持ちは本物のようだ。
「ねーねー、ウパ丼まだぁー? 今日はいっぱい食べられるんだよね?」
 お箸で空の丼を叩きながら、華麗のお姫さま・ベルナデット(a05832)は不満そうにしている。彼女はとにかくウパ丼が食べたいらしく、邪魔をする者は実力を持って排除すらしかねない勢い。
「ウパとともに温泉に入るのはかまわないのですが、流石にあの量では……新しい住処を提供して、立ち退いてもらいましょう。今の男湯では手狭なようですしね」
 揺るぎなき誓約の盾・ヴェイド(a14867)は温泉を作るための道具を両手いっぱいに抱えつつ、落とさないように気を付けて運んでいる。 
「みんな、ウパ達が女湯に到達するまでにウパ専用温泉作らなきゃだよ!」
 深緑の癒し手・ユウコ(a04800)はそう言いながら右手に力を込めている。舞台が温泉と言うこともあり、湿気で身動きがとれなくなるのをのを防ぐためか普段とは違い軽装だ。
「あ、そうそう……ファストとダスティスが怪しいから、注意しててね?」
「……あいつらね。了〜解」
 ユウコは他のメンバーには聞こえないように、男湯へ向かおうとする黒炎の狗・カナト(a00398)にこっそり耳打ちをする。カナトは、苦笑しながらも頷いた。
 そうして、皆それぞれの持ち場に分かれつつ、迫り来るウパ達の群れを迎え撃つ準備を始めていく。


●ウパ湯戦線防衛戦
 ダスティスはまず、愛着のある2匹……ウパパとルパパを探し始める。どうやら彼にとって、新たな施設を作ることは二の次らしい。
「すぐに見つかると思うぱ。2匹とも凄く特徴的だから」
 すでに探し始めている彼の言葉に、一緒に行動しているリモネアーデとメリルは微妙な表情を見せる。
「特徴的……例えばどんなところが?」
「ウパパは凄くつぶらな瞳で、ルパパは口元が愛らしいんだ。分かりやすいだろうぱ?」「それ、きっとダスティスさんにしか分からないよっ」
 2匹を思い浮かべでもしているのか。説明しながらいかにも嬉しそうな表情で応えるダスティス。だが、2人には違いが分からない。メリルが何となく、その辺に歩いていたウパを1匹捕まえると、
「……ウパパって、これかなっ?」
「違う! ウパパはもっと瞳が可愛いんだ。この子の瞳も大きいけど、もっと……」
 どれも同じに見えるよ……と言おうとしてダスティスに視線を移した時。彼の背後に、大量のウパたちの群れが襲いかかってきている!
「ダスティス、メリル、危ないからどいてっ! それっ!」
 言うが早いか、リモネアーデは手に持っていたパルチザンを投げ槍の要領で放り投げる。本来は弓で使うべき【ナパームアロー】だが、彼女は槍で代用したのだ。それは綺麗な放物線を描きながらダスティスの近くに落下し、直後そこで大きな爆発が起きる。逃げ遅れたダスティスも一緒に巻き込んで。
「……あとでウパ丼がたくさん作れるね。ところで……大丈夫?」
 投げたバルチザンを拾いつつ、こっそり呟くリモネアーデ。槍が突き刺さっていた周りには、香ばしい香りをさせながら程良く焦げた大量のウパ達と……やはり同じように体を焦がしたダスティスの姿が。
「……焼きドリアッドって、けっこう美味しそうだよねっ♪」
 こちらは上手く逃れられたメリル。近付きながら呟く彼女の視線は、美味しそうにこんがり焦げたダスティスに釘付けだった。じゅる。

「聞いてはいたでござるが……すごい数でござるな」
「……これを……全部何とかしろ、って事か?」
 あふれ出るウパ達の群れに、蒼き鋼鉄覚醒武人・シオン(a12390)とヒトの翔剣士・メリシュランヅ(a16460)は思わず絶句してしまう。足の踏み場もないとはまさにこの事で、男湯は全てウパで埋め尽くされていると言ってよかった。桃色の絨毯にも見えるそれは、見渡す限りのウパの群れだ。
「まあ、仕方ないな。何とかするしかない……出来れば傷つけたくはないんだが……」
 メリシュランヅは独り言のように呟き、金ダライを使って掬っては端に寄せて足場を作っている。だが掻き出すそばからウパがなだれ込んできてしまい、彼は困ったように笑いを浮かべた。
「特製眠り粉を使う予定でござったが、やはりこちらでいくでござる」
 シオンの拳が闘気に包まれ、やがてそれは雷へと姿を変える。その拳の犠牲になったウパは、ダメージこそ少ないもののひくひくと痙攣するのみで動く気配は感じられない。拳に込めた【電刃衝】でウパ達を麻痺させると、シオンはそれを捕獲し始めた。

「みんな、なんとか持ちこたえてくれっ。新しい温泉が完成するまでの我慢だっ」
 最前線である男湯脱衣場。そこで指揮を行いつつ自ら先頭に立っているのはカナトだ。
 迫り来るウパ達に【ニードルスピア】で応戦しつつ、一緒に行動しているヒトの武人・ファスト(a07781) に怪しい行動がないかを監視しているのはさすが。だがウパ達は侵攻の勢いこそわずかに弱めるものの、その数を減らす様子は感じられない。
「むう……カナト、なかなかやるなぁ」
 対してファストは、ウパに攻撃が行かないようにとこっそりと妨害をしようとはしているものの、カナトに見張られていて思うような動きが取れていない。
「……とと、押されてるのかっ? 待ってろ、今応援にってうわぁ!」
「おっと、躓いた……悪いな、カナト」
 仲間のピンチに気を取られ、ファストから目を逸らした瞬間。一瞬のスキを付き、躓いた振りをしてファストがカナトにタックルをしかけた。そこへ大量のウパが大きな波となり、体勢を崩したカナトを飲み込む。
 必死になって逃れようとするものの、その数とぬるぬるとした感触のせいで思うように動けず、逆にどんどん埋もれさせていく。
「ファスト、お前やっぱり……ダスティス! ヌシはお前達に任せたっ」
 ファストに最後の言葉を残し、カナトはウパの洪水に巻き込まれて行き……しばし薄桃色の波にもまれていた彼は、やがてその姿を完全に消した。

「さてと。私たちはここで待機かな。リシェルも一緒にいてもらっていい?」
「うん♪ ここから先へは、1匹も入れないようにしないとね♪」
 最終防衛線となる女湯脱衣所。そこと図書館の境界の辺りまで下がると、ユウコは着いて来ていた夢と戯れし木漏れ日の舞踏姫・リシェル(a10304)の方を振り返る。リシェルもそのつもりだった様子で、嬉しそうに頷いた。
 男湯でそのほとんどを食い止めてはいるものの、そこをすり抜けて女湯へと向かってくるウパは決して少なくはない。時には5匹10匹と、群れとなって襲いかかってくる。初めこそ【気高き銀狼】で1匹ずつ捕獲していたユウコ達だったが、やがては襲って来たウパ達を【舞飛ぶ胡蝶】で混乱させてリシェルが攻撃、と言う方法に切り替えていた。
「……うに、これじゃきりがないね」
「でも、向こうも頑張ってるんだもん。こっちも頑張ろ♪」
 リシェルを励まそうとユウコが振り向いた時だった。いつの間に接近していたのか、退治し損なったウパの1匹が口を大きく開け、ユウコに向かって飛びかかって来ている!
「ユウコ殿! 危ないっ!」
 刹那、2人の視界の外から現れた影が、素早くウパを払いのける。近くで同じようにウパを捕獲していた舞闘漢女・コノオ(a15001)だ。
「よかったあ……コノオ、ありがとね♪」
「……私は、当たり前の事をしただけだ。礼を言われるようなことはしていない」
 ぶっきらぼうに答えた彼女は、少しだけ照れくさそうにしている。普段は無愛想に見える彼女だが、感情の起伏が表に出にくいだけなのかも知れない。
「数も少し落ち着いてきたようだ……気を抜かなければ、こちらは2人でも大丈夫そうだな。私は、男湯の方へ援護に行って来る」
 後ろを振り向きながらそう漏らし、コノオは男湯の方へ向かっていく。

「♪♪〜♪」
 ベルナデットは、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら厨房から男湯に向かっていた。多少調子は外れているが、それが却って機嫌の良さを物語っているようだ。その手には、彼女によって退治された何匹かのウパ達を使って作られたウパ丼。
 みんなが頑張っているところを見ながらウパ丼を食すという、なかなか粋な趣向だ。
 だが男湯に入ろうとした途端、溢れていたウパの群れから1匹のウパが飛びかかる。彼女は達人を思わせる仕草でそれを軽くよけると、あからさまに不機嫌な表情を見せた。
「行け! 60匹下僕ーズ! 邪魔する敵を押しつぶせ!!」
 ベルナデットは60体もの下僕を召喚すると、それを邪魔なウパ達へと向かわせた。今の彼女を邪魔することは、きっと誰にも出来ない。


●ウパ温泉誕生!
 ちょうどその頃。
 混浴の奥にある大きなスペース。ここにウパ達の移動先になる新たな温泉を作るのだ。様々な道具を準備し、抱えてきたヴェイドだったが……
「さて、他の皆さんがウパを食い止めてくれている間に、みんなで温泉を……」
 振り返った瞬間、彼の動きが止まる。そしてゆっくりと元の方へ向き直すと、
「……頑張って作りましょう。たとえ1人でも」
 何も見なかったような口振りで、作業の準備を始める。他のメンバーは全員ウパを食い止めるのに必死で新温泉のことが頭から抜けてしまっているらしく、新温泉を作りに来ていたのはヴェイドただ1人。
 ……本末転倒かも知れない。
 ヴェイド・グレーア、23歳。背中に哀愁を漂わせるのにはまだ早い年齢だったが、それでも今の彼の背中からは哀愁しか漂って来なかった。
 気を取り直し、スコップで【大地斬】をかますなど無茶をしつつ1人ながらヴェイドは作業を進めていく。他のメンバーが食い止めていてくれている分、ウパが邪魔をしてくる心配はなさそうだ。
「こう考えると、他の皆さん全員にウパを食い止めて貰ったのは正解かも知れませんね」
 全員に、の辺りはもちろん本心ではなかった。

「こんなものですかね……」
 最後に手近な岩を使って湯船を補強し、作業をしていた本人が予想していたよりもずっと早く、温泉は完成した。かなり殺風景になってしまったとは言え、1人で作った物にしては十分だろう。
「時間もないですし、その辺りはおいおい何とかしていきましょう。さて」
 ヴェイドは指笛で他のメンバーに完成を伝えると、自らも男湯の援護へと向かった。


●形勢逆転?
 それからの戦況は一変した。温泉が出来上がったと言う事を知り、メンバーが一斉に動き出したのだ。
 もともと退治と言っても、決してウパ達に恨みがあるわけではない。出来るだけ傷付けたくない、と言う考えが無意識に働き、彼等の動きを鈍らせていたのだ。新たな温泉が出来たのであれば、倒さずそこに移動させればいい。倒さなくて良いという安心感からか、全員の実力はそれまでとは比べ物にならない勢いで発揮され始める。
【土塊の下僕】で誘導路を作り、そこにウパ達の群れを誘導して新温泉へと向かわせてるのはコノオ。移動路からはずれたウパを見つけては、
「馬鹿者! このままここに居ても排されるだけだぞ! 命が惜しくばこのまま温泉へ向かえ!」
 と声を高くして叫んでいる。言葉は通じていないもののその雰囲気は察したのか、道を外れたウパはおとなしく元の道へと帰っていく。
「ほら、こっちこっち。よーし、いい子だ」
「っと、危ない危ない。元気がいいのは良いでござるが、おとなしくするでござるよ」
 メリシュランヅも、ウパ達の運搬に従事していた。峰打ちで気絶させたウパ達を温泉まで運び、そうでないもの達も同じく金盥を使った巧みな誘導で温泉へと向かわせていた。
 先ほどまで敵意むき出しで攻撃的だったウパの群れも、こちらに攻撃の意思がないことに気付いたのかおとなしく従い始めている。噛みついて来るなど、まだ興奮の冷めないウパ達もいるようだったが、それらもシオンの用意していた金網にからめ取られてそのまま新たな住処へと運ばれていった。

「ウパパ! それにルパパも!」
 ウパ達の移動が順調に進んでいる中、ようやく探していた2匹の姿を見つけ、ダスティスが喜びの声をあげる。そのまま急いで駆け寄ろうとした彼だが、
「待って! 後ろに何かいるよっ」
 一緒にいたメリルに腕を捕まれ、その足を止めた。彼女の指さす方に視線を移すと……
「うーーーーぱーーーーー!」
 体長は1メートルほどだろうか。そこにいたのは、他のウパ達とは明らかに違う巨大なウパだった。そして……
「ふふふ……ウパ達よ、私は帰ってきたっ! さあ『☆Tao☆』の諸君。全てのウパの長老にして王、ウパ主様に代わって今までの恨み……晴らさせてもらおうぱ!」
 そしてそれを守るかのように、ウパを思わせる薄桃色の仮面を付けた男が立っていた。


●仮面と、そしてウパ主と
「……さあ、盛り上がってまいりました! 突然現れた巨大なウパと、その傍らに立つ謎の男。彼等の正体は? そして、ウパに浸食されつつあった☆Tao☆の運命やいかに? ……ねーねー、ところで、ウパ丼まだぁー?」
 ベルナデットのナレーションを聞きつけたのか、あるいはただならぬ雰囲気を冒険者のカンで感じ取ったのか。メンバーはいつの間にか全員男湯に集まっていた。
「あれは……カナトさんではないのですか? ……なんて事だ、カナトさんがウパに操られてしまうなんて……」
 最後にやってきたのは、新施設を完成させた後、ウパ達がいないか確認してから駆けつけたヴェイド。彼は現状を一目で理解する。そう、仮面を被ったあの男はカナトだ。
「カナト、か……それは、既に私の名前ではないうぱ。私のことは、ウパ仮面とでも呼んでもらおうぱ」
 怪しい語尾で話し始める、以前はカナトであったウパ仮面。吹き抜けた一陣の風に身につけた桃色のマントがなびく。素で見ると、ちょっと恥ずかしい。
「うーーーーぱーーー」
「……カナトさんは、もう我のしもべだ、って言ってるよっ。元に戻して欲しかったら、我の要求を飲め、だって♪」
【獣達の歌】を使い、メリルがみんなに通訳をする。
「うーーーぱーーーー」
「えっと、みんなでに食べて欲しくて、たくさん増えたんだ、って言ってるよっ♪」
「「いや、それ違う」」
 メリルの通訳にすかさず突っ込みを入れたのはウパ仮面。そして驚くべき事に、ファストとダスティスの2人も彼の言葉が理解できているようだった。
「……2人とも、奴の言葉が分かるでござるか?」
 驚いた様子でシオンが訪ねると、2人は何となくだけど、と頷いた。

 急激に増加したきっかけは、どうやら乱獲をされた事の反動のようだった。種としての防衛本能に加え、十分すぎる程に与えられた餌がウパ達の激増の原因となったのだ。
『我らは本来、争いは好まない。食べられるのもまた生物としての運命ならば、それも受け入れよう。だが、今のままのペースでは、我らは絶えてしまう』
「……つまり、乱獲をせず制限をしろ、ということか?」
「その通りだうぱ」
 メリシュランヅの質問に、ウパ主に代わりウパ仮面が頷く。さらに彼は、増えすぎたウパのために、新たな住処も提供して欲しい、と要求する。
「これからも男湯に住み続けて良いし、エサも上質なものにすると約束しようぱ」
「それじゃだめなんだってば。新しい温泉にいってもらわなきゃ」
「むう……無理か。だが、まあ仕方のないことか」
 リモネアーデの間髪入れない突っ込みに、ダスティスは渋々ながらも新施設への移動を提案する。どうやらファストもウパ達には男湯に居て欲しいらしく、移動を受け入れるのは辛いようだ。
「ユウコ殿もいいか? 新しい温泉をウパ達の住処にしても」
「もともとそのために新しい温泉を作ったんだし、大丈夫だよ〜♪ それと、女湯の方に浸食して来なきゃオッケ♪」
 ウパ主を警戒しているのだろう、視線をウパ主とウパ仮面から逸らさないまま問いかけるコノオにユウコは即答。こちらはいたって警戒はしていない様子。
「……よかろう。お前達のその言葉、信じてみようぱ。だが憶えておくうぱ。その約を違えるようであれば、我々は再び現れるうぱ!」
「うーーーぱーーーーーーー!」
 ウパ仮面が言葉を紡ぎ終えると、ウパ主は遠吠えのような長い咆哮をひとつ。すると、どこからともなくウパ達の大波が現れ、冒険者達の視界は桃色の波に包まれた。一瞬の後、視界が元に戻ったときにはもう既にウパ主の姿は見えず、そこには……気を失って倒れているカナトだけが残されていた。


●そして……最後はごちそうさま(1人除く
「みんなお疲れさまぁ♪ いっぱい食べてね?」
 全てが解決した後。退治したウパを使って、大量のウパ丼が作られていた。ユウコは厨房で大忙しである。リシェルも一緒にその手伝いをしているが、それでも消費されていくウパ丼の方が多いようだ。
「ボク、ユウコさんが食べてるとこ、見たことないんだけど……食べなくていいの?」
 リシェルはユウコにも1杯勧めたものの、彼女はやはり丁寧にそれを辞退した。
「みんなお疲れ様っ♪ ひと汗かいたし、今度はウパで腹ごしらえだねっ♪」
 言いながら既にウパ丼に手をつけているのはメリル。元からウパを食べたいと思っていたらしく、嬉しそうに頬張っては「美味しいねっ♪」と独特の食感に舌鼓を打っている。
「食べるということは……命をうけつぐこと。他の者から命を貰って、自身が生きること。……ありがたく『いただきます』だ」
 コノオはしっかりと手を合わせた後、ひと口ひと口ゆっくりとその味を噛みしめている。その隣では、メリシュランヅが次々とウパ丼を口の中に放り込んでいた。横には既に10杯近い空の丼が置かれていたが、それぐらいの量では彼の食べるスピードの障害になどならないようだ。
「やっぱり、ウパ処『☆Tao☆』のウパ丼は違うね!」
 美味しそうにウパ丼を食べているのは、ベルナデット。ユウコの作るウパ丼を待ちきれなかったのか既に大量のウパ丼を作って待っていた彼女は、調理をユウコに任せて自分は食べる側へと回っている。だがそれもどんどん減ってきている事に気付くと、再び厨房へと戻り、ウパ丼作りの手伝いを始めた。
 ただ、ウパ丼を作ってはそれを自分で食べてしまっているので、微妙に手伝っているとは言えないかも知れない。
「うふふ……この食感♪ やっぱりウパ丼が一番ね。これを知っちゃうと、他の丼では物足りなくなっちゃうわ♪」
 もぎゅもぎゅとウパ肉を頬張りながら、リモネアーデも笑みをこぼす。
「……これ、新しいメニューになるでしょうか?」
 ヴェイドはウパ肉を燻して薫製を作り、その味を確かめている。保存も利きそうな上、意外と酒のつまみに良いかも知れない。
 最後にはそしてユウコの作った新メニュー、「ウパパイ」がデザートとして振る舞われ、ウパのフルコースパーティは平和に幕を閉じた。
「たくさん食べたなあ。もうこれ以上食べれないうぱ………あれ?」
 最後に零れたダスティスの語尾は、幸いにして誰にも聞かれていなかったようだった。

「とほほ……なんで俺だけ……」
 同じ頃。男湯では、1人の男がデッキブラシを片手に黙々と掃除をしていた。ウパ仮面の名を捨て、元の冒険者へと戻ったカナトだ。

『ウパに操られてたって言っても、皆に迷惑かけたんだし、その責任は取らなきゃね♪』
 事が収まったあと。
 ユウコはにこやかにそう言うとカナトにブラシを渡し、団長権限で男湯の片付けと掃除を命じていた。
「ファストやダスティスはいいのか……元はと言えば、あの2人が変に増やしすぎなきゃこんな事には……俺、そんなに迷惑かけた気しないんだけどなあ」
 しばし独りで自分の境遇を嘆きつつも、思い出したかのように掃除を再開する。と、ウパ湯から迷い込んできたのか、そこに現れたのは1匹のウパだ。
「お前達のせいで、俺は余計な仕事を……っ!」
 不意にカナトの心にわずかな怒りがわき起ころうとするが……その時カナトの懐から、何かががこぼれ落ちた。見てみれば、それは自らが被っていたウパの仮面。
「……まあ、たまには。いいか、こういうのも」
 感慨深げに仮面を拾い上げてウパを温泉まで連れていくと、戻ってきてゴシゴシとブラシで床を磨き始めるカナト。思えば最初から最後まで不幸だった彼だが、ウパを見るその表情は何故か優しげだった。