☆Tao☆疑似シナリオリプレイ(6)

☆Tao☆の一番暑い夏休み
第四話:虹の架け橋(ニ)
性欲をもてあます・メリシュランヅ(a16460)



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☆Tao☆野一番熱い夏休み
第四話:虹の架け橋(ニ)

 遥か上空に浮かぶ浮島がある。何時からそこにあるのか。どうして空中に浮いているのか。そこには羽を背に生やした種族が住み着いている。神の落とし子とも言われている。しかし、悠久の時の流れにより、生命力意外は普通の冒険者や一般人と変わりがない様になってしまった。それは、エンジェルと呼ばれる種族。天使と言う名を宿した古代からの生き残り。不老不死であり、19の年齢を超えるエンジェルはいないとされている。ドリアッドと同じ様に、永遠の命を持つ意味は、どこにあるのだろうか。
 その遥か上空に一つの護衛士団がある。天空にあるグリモアを守りしツバサを持った戦士達のいる護衛士団。以前よりピルグリムと言われる魔物に幾度と無く襲われてきており、幾分疲弊してはいるがその実力は高い。
 そんな護衛士団、リディアに新たなる戦いの予兆が飛び込んできた。全身傷だらけの護衛士がリディアに駆け込んで来た事から始まる。天空のドラゴンズゲートスカイハイコリドーからピルグリムとギアの大群が押し寄せて来ていると言うのである。
「いきなりね。護衛士達はこれだけじゃ戦いにならないわね。貴方達はグリモアを守ってもらいましょう。」
 リディアの霊査士・グリシナ(a90053)が普段とあまり変わらない口調で護衛士たちに告げる。護衛士たちもその回答に少しばかりのどよめきたつ。しかし、グリモアを守る事は大切である事も確か。だが、それなら誰がここを守ると言うのだろうか。護衛士たちの中から一人前に出て言う。
「では・・・・・・・誰が・・・ここを守る・・・・のでしょう・・・・か?」
 リディアの護衛士団中でも実力のある戦士であるリディアの護衛天使・プルーフである。その問いにグリシナはあらかじめ予想していたかのようにプルーフに微笑む。
「貴女が、適切ね。そうね。これも運命ですものね。」
 独り言のように呟いて、プルーフに命じた。地上にある一つの旅団へ向う事を。
「☆Tao☆・・・・・・・・。その・・・旅団に・・・・・・何か・・・・・?」
「行って見れば解るわ。状況を伝えればすぐにこちらに向う事でしょう。」
 いまいち納得しかねるプルーフの背中を押しながらグリシナはそっと彼女の耳元に囁く。【運命に出会う。】その言葉が何を意味しているのか。その時のプルーフには知る由もなく。そして、なぜそのような事をグリシナが口にするのかも。
 遥か昔からの言い伝えを未だに知るものは少ない。永遠の命を持つドリアッドやエンジェルの中にも伝えられているのはごく僅かでもあるという。その言い伝えを知る一人であるエルフの霊査士がいる。円卓を仕切り、同盟の長として冒険者の導き手としても有名なエルフの霊査士・ユリシア(a90011)である。永遠の命も持たぬエルフではあるが、その立場ゆえに、あらゆる知識と歴史を知り尽くした者でもある。彼女を頼ってくる冒険者はそれゆえに後を絶たない。
 円卓の間ではノスフェラトゥの軍勢が動き出した事による全体会議が執り行われていた。著名な旅団長が円卓を囲んでいる。その中には☆Tao☆旅団の団長深緑の癒し手・ユウコ(a04800)の姿もあった。今回の円卓でのまさに中心的旅団にもなってしまった事で、ユウコはユリシアの隣に座る事となる。周囲の注目にもあてられてかなり緊張しているようである。
「では、例の物を見せていただけますわね?☆Tao☆団長、ユウコさん。」
「は、はい。」
 ユウコはびくりと体を強張らせながらもそれを円卓の中心へと置いた。真円の色の違う石が三つ納められた石版である。ノスフェラトゥと☆Tao☆旅団の冒険者達の戦いはすでに同盟が知る事実となっており、その石版の重要性や危険性は周知の事となっている。冒険者達の口に戸は立てられないとは良く言ったものだ。
 取り出された石版に周囲の旅団長達の目が注がれる。
「それが噂の石版ですか。なるほど、各所の窪みに石を封印する形になっているのですね?」
 眼鏡をかけた知的な青年がそういう。彼も旅団長であり、色々な知識を欲する者である。青年の目がやや輝いて見える。
「それよりも、その石で何が起こるかと言うことじゃろう?」
 雅な口調で青年の興味を断ち切ったのはコップに桃色のどろりとした飲み物を飲む女性であった。その飲み物はあたりの団長達の前にも配られている。彼女の懐には何時もそれが常備されているようだ。しかし、その飲み応えは会議中にのどを潤すには不適切なところもあり、愛飲料としている彼女意外はあまり口にする者は少ないようだ。しかし、そんな事はお構い無しにおいしそうに飲んでいる。
「まずは話を聞くのが先だ。それまでには静粛に頼みたいのだが。」
 やや偉そうな口ぶりの眼鏡をかけた壮年の男性が口にする。円卓でよく発言する者のうちの一人でもある。探究心が強いためか、まずは情報と言う感じだろうか。先ほどの青年のように想像ではなく、知ることを。
 ユリシアは頷くと席を正すように座りなおし、円卓の開廷を進言した。

「ふむ、妾はルルティア・サーゲイト・・・・・友義により助太刀に来た。まあ、よろしく頼むのじゃ」
 雅な口調で現れたのは友好旅団より今回の事件を聞きつけた面々であった。その数は少なくとも、力強い援軍の到着である。続々と集まるその場所は・・・・。
 夏の風物詩とでも言おうか。黒い雲が空を覆い、強い風と雨にランドアース全体が覆われている。酷い場所では雨水が大量に溢れ、道さえ見えぬほどになる。一年と言う年の間にそういった時期がある。人は、台風と呼ぶ。
 荒れ狂う風に鳥は羽を休め、身を隠す。動物達は身を守りあうように寄り添って。これから起こる戦いをもしのぐかのように、耐える姿を見せている。
「・・・・・・・・。今日も、こんな天気・・・・・かぁ。」
 ユウコはため息をつきながら窓の外を見た。先ほど円卓から帰宅し、雨で濡れた服を着替えて憩いの間で外を見ている。そこにはすでに旅団員と友好旅団員からの援軍が駆けつけていて、憩いの間に揃っていた。
「円卓での話がつかなかったのですか?」
 友好旅団から駆けつけた蒼穹の薔薇水晶・パライバ(a15940)が言った。その問いにユウコは席に着く事無く外を見つめながら先ほどまでの円卓でのやり取りを思い起こした。
 決して統一はしてなくても、この旅団に全てを任されたような一言。それが最終的な円卓での決定。それは、孤立無援を意味すらしている。全体の危機にもなるノス軍討伐には各護衛士団内にいる限られた冒険者と、それなりの旅団からの援軍のみが配置される事となった事。小数の意味は、狙うのがあくまでも石版であろうと言う見解からでもあった。
『石版を狙っているのなら、あまり他で刺激して被害が増えるのは嫌だね。』
 誰かの言葉が胸にずしりと重い。途中から心ここにあらずといった面持ちだったユウコがその言葉を思い出す。しかし、石版を渡せばどういった事になるかは皆もわかってくれた。だから、今回友好旅団からも援軍が来た。が、その数も限られていて小数。旅団からの救援呼びかけも効果が薄かった。
『いっその事、壊してしまえば良いのじゃないか?』
 また一言思い出す。石版を改めて見つめて、ユウコは空をもう一度仰ぎ見る。
『破壊するのは危険じゃなかろうか?そもそもそれはなんなんだ?』
 それは自分も知りたい。そう言い返したかった。改めてその石版の意味を思い返す。壊せるなら。その想いが強くユウコの心に根付いたかのように。
 ユリシアは全てを知っているのだろうか。石版については、渡すな。その一言であった。それならもっと多くの力が必要であった。度重なるミュントス七本槍たちとの戦いでかなり消耗している旅団員。友好から来たものを除いて☆Tao☆からの戦力はあまり無い。
「孤立無援・・・・・・・か。」
 ユウコは言うと、しっかりと石版を握り締め、席についた。
「皆、集まってくれてありがとう。これからの闘いは、きっと酷いものになると思う。けど、力を貸して。お願い。」
 真剣な眼差しが全員を見つめる。その決意と覚悟の深さは誰よりも強い。言葉に周囲の全員は頷いた。それが唯一の救いだった。この闘いは、まるで・・・・・・。
 その震える手を、ぎゅっと握り締める一つの小さな手。紅の髪を持つ・フラジピルである。ユウコはそんなフラジピルに優しい笑顔を見せる。自分は旅団長。皆を導いて行かなきゃならない。私がしっかりしなければ。そんな気持ちが強く彼女を押しつぶすように。暖かい手は、それを押し返すように。今はその手の温もりが嬉しい。
『では、この決定を持って、今回の円卓を閉廷します。』
 ユリシアの言葉を思い出した。『決定』その決議の最終審判。☆Tao☆旅団への七本槍討伐依頼、そして石版の処置。地獄からの軍勢討伐全体指揮を。要は、ほぼ全体的に任せるという決定。一介の旅団長には、いや、誰にでも厄介きわまる内容。それゆえに反対するものさえいない始末。
『でも、周囲に被害をもたらそうとする軍勢についてはどうするのですか!?』
 自分の言った質問に対しての応えは、『対処をお願いします』であった。
「出来る事を、一つずつ片付けて行くのが良いじゃろうな。」
 少しノンビリとしたような声で漢女凶戦姫・ルルティア(a25149)が言う。ユウコは大きく深呼吸して事の整理を思い返す。
 真円の石はどれも何かの力を持っており、それは何れも邪悪なモノを導き寄せる。かつてより伝説とされていて、それの本来の姿を知るものは殆ど居ない。伝説も形ばかりであり、その内容も謎かけになっており、情報が少ない今ではそれを知るのは困難を極める。
 翠の石はグドンを惹きつけていた。もし、見つけたのがそれ以外ならどう言う効果があったのだろうか。紅い石はアップレが所持していた。が、当時はその父親であるテュッティーが所持しており、邪悪な石の力に支配されている上、七本槍の一人グリフィスに誑かされてか悪事を続け、最後にはモンスターとなり散って行った。黄色の石はケイオスオーガンを導き寄せていた。しかし、石版への封印と共に浄化の光を出して周囲のモンスターを消し去った。もし、敵が手に入れていたなら、どうなっていたのだろうか。
 解っているのは、この石が邪悪な力を持っていて、それを利用しようと七本槍が探している。そして、集めているここをついに落としに掛かっている事。そして、残る窪みは4つ。言い伝えの歌によれば、紅・蒼・黄・翠・紫・闇・光の石があると言う。現在所持しているのは紅・黄・翠の三つ。
 そこに舞い込んできたいくつかの事件。それは、円卓でも話題になった。
『世界中でその石による弊害が起こっているのは確かだ。調査団は結集する余裕がない。解り次第、お主らが行くべきだ。』
 そんな言葉が思い出せた。
『ワイルドファイアで異変。そしてリディアにピルグリムですか。それに、ノス軍。手の付けようも無いですね。』
 それでも、誰かがやらなければ、被害は増えるだけ。自分達で解決するしかないのだろうか。もっと多くの力は集まらないのだろうか。
 リディアから来た使者であるプルーフは心配そうにこちらを窺っている。その隣には桜ドリアッドの霊査士・ダストスがプルーフをずっと見つめている。自分の死んだ姉に似ているのだと言う。
「二箇所いっぺんに行動は無理だろうな。俺達がワイルドファイアに行くぜ。もう、決めた事だからな。」
 風の放浪者・アーポンが言うと、フラジピルも元気に頷いた。それに賛同するものが数名。
「リディアですか。初めてですわね。」
 ドリアッドの吟遊詩人・メイ(a32022)が言った。彼女はリディアへと向うようだ。それに賛同するものも数名。
 これじゃあ足りないのでは。そんな不安が募る。皆を危険な目に合わせる上に、怪我をする可能性、いや、最悪の場合は・・・・・。そんな想いが強く心を締め付けるように。
『決定は決定だ。従うのが当然だろう?』
 そんな事はわかってる。強く言いたかった。けど、その気持ちは痛いほど解っていた。それも、この闘いが。この石が。「・・・私は・・・できることなら石たちを空へ還してあげたい・・・・・もう争うことに巻き込まれないように・・・」
 自分探しの旅をする者・ユイシィ(a29624)がユウコを心配そうに見つめながらも言った。
「ユリシアさんは、何かを知りながら何も言わなかった。何故だろう・・・・。」
 ユウコが言う。全てを知っているわけではないのだろうが、何か知っている素振りでもあった。それがもどかしい。
「まだ知るべき時じゃ無いって事なのかな?」
 黒炎の狗・カナト(a00398)が答える。その答えは疑問系である。掴みかねるモノを探るのはなかなかに難しいものだ。その答えが見つかるのは何時になるのだろうか。
『その石版は大切に持っていると良いですわ。』
 ユリシアのあの言葉。この石版に全ての石を納めた後、何が起こるのだろうか。
「では、私は旅団に残り、七本槍警戒を行いますわ。」
 世界の剣・チャチャ(a26705)が言う。天地人獄全てを喰らう・オルド(a08197)がそれに付き添うという。旅団に残るのは二人・・・・・・。
『あんたの旅団へその槍とか言うのが近づいてるんだろう?大丈夫なのか?』
 まだ、こないで欲しい。正直な気持ちである。今来られれば、旅団に残る二人は・・・・・。どこまで進軍しているのか。
『ノス軍は現在モンスターの森を南下している模様です。すでにアンサラー護衛士団の警備網は突破したようです。』
 被害は出ていないがせめてもの救い。手は出していない。と言う言い方も出来るが。旅団までの距離は急いだとしても数日はかかる。それまでの間に帰還しなければならない。特にワイルドファイアに赴く者は強行軍になる。
「僕は大丈夫だよ!今回はミュシャちゃんも一緒だしね♪」
 フラジピルが元気にユウコを励ますように言う。その小さな両手でユウコの心を暖める。その隣から僕もーとか言って天使見習い・ミュシャ(a18582)がフラジピルの手の上に重ねる。
「ワイルドファイア方面は大所帯だね。むしろ、リディアへ行く方達が心配だよ。」
 時を忘れし医師・アップレが言った。その言葉ももっともであろう。しかし、どちらも適切な人数とも言いがたいのもまた事実である。心配だけが心に募る。けれども、今は。
『もし、彼らが全滅し、石が敵の手に落ちた場合はどうなるんだ?』
 そんな言葉も思い出したくないのに今、聞こえたかのように響く。全滅すれば、石が敵に渡れば、世界は。
「僕たちは負けないよ。ねえ、姉御。」
 虚無を詠う・ウィンが楽器を鳴らして言う。
「姉御って言うんじゃないよ!でも、その通りだね。」
 飽くなき探求乙女・マドゥリージュがウィンを睨みながら言った。それに相変わらずうとうとしている眠れる野獣・ディムトスが頷いているように見える。彼らはワイルドファイアに向うようだ。
 負けない。その言葉は力強い。が、確証は?無事戻ってくる保障はないのに。
『見捨てるのもあれだ、この中から参戦するものはいないのか?』
 その言葉に挙手したものは少なく、上がった手からの救援もまた。
「ヴェイド殿がいないようでござるが、アルビナークでござろうか?」
 蒼月鋼鉄鳳凰覚醒武人・シオン(a12390)が言う。確かに前回からアルビナークで一人、町人でも腕の立つ若者を連れて希望のグリモアへ誓いに行き、戦力を増強していると聞く。アルビナークも戦火の渦に巻き込まれるのは必死であるが、街の人たちはこの旅団への恩返しのためなのか、その力を貸してくれると言う。勝ち目は、あるかどうかもわからない。若い戦士達が笑顔でユウコを迎えたのを思い出して。
『近くに協力する街があるそうじゃないか。そこはどうなんだ?』
 そんな、人任せな。けど、その力にすらすがらなければ、この闘いに勝機など無いような。いったいどれだけの血が流れる事になるのだろうか。
『任せる戦力はそれほどいるのか?同盟本体は別件で忙しい!もっと少なくても良いだろう。』
 結果、減らされた戦力。今は少しでも力が欲しかった。力で力を押さえるのはとても良い結果は生まない。死者はどんな事があっても出しちゃいけないのだ。
『もっと力が必要なんです!』
 ユウコの叫びが今この場でも再び口に出そうだった。石版に注がれる目は決意を込めた目に。
 外の嵐がノス軍の足音に聞こえる。闘いはすぐ近くにまで忍び寄っている。
『彼らを見殺しにしろと?』
 旅団一つの意思に任せる。それは、見殺しとは言わないだろうか。最終的に彼らがやってきた場合、どうなるのだろうか。そこは、目にしたくない光景が広がるはず。
「メリシュさんも久しぶりに静かに償いの間でなにやら準備をしてましたよ。」
 平穏なる日常の担い手・マクセル(a18151)が性欲をもてあます・メリシュランヅ(a16460)の様子を伝える。確かに、今日は変な雄叫びも聞こえない。ここ最近の変貌振りも凄いものだが、何か考えているような仕草は、一抹の不安をも持たせるのだ。が、頼りになるのは間違いなさそうである。
『私は、旅団員に掛け合って見ましょう。』
 数少ない協力を申し出た旅団長の言葉が思い出される。その結果、友好旅団から多くの言葉や援軍を得た。それが唯一の救いでもある。すでにこの旅団だけで済む話でもなくなっているのだ。
「奴等に阿修羅姫の名を知らしめてやるわよ。」
阿修羅姫・モモ(a24357)が言う。その言葉は力強い。彼女の歴戦の話は誰も知らないかもしれないが、その体にはしる大きく深い傷跡を知るものには、彼女が何故阿修羅姫と呼ばれるかがわかるであろう。
 その言葉に続くかのように元気な声が続く。
「生や・・・・じゃない!とにかく、証明してやる!」
 生野菜・グリーンユウ(a23820)が言う。その証明するものが気になるがあえてここは気にしないで置こう。
 酒喰らい・ファスト(a07781)が大事そうに酒瓶を抱えてにこやかにそれを見守っている。
『旅団員の反応はどうなのだ?』
 可もなく、不可もなく。それでも賛同してくれる旅団員がいる。それが唯一の助け。
「そろそろ皆の意見を纏めようか?」
黒炎の狗・カナト(a00398)が進言した。
『前回に続き、なかなかどうして大変だな。』
 言うだけなら簡単だろう。でも、やるは難し。
『では、この結果を持って旅団へ戻りなさい。』
 そのユリシアの言葉は、小さな声で続く。
『貴方達なら、きっとやり遂げられるはずです。』
「準備はできてるよね?」
 席を蹴るように勢い良くユウコは立ち上がった。
「負けられない戦いがある。それが今なの。力を貸して!」
 その目にはもう迷いも恐れも無い。ただ、その道を信じて立ち向かう、強く澄んだ眼で。
 場にいる全員はそれに強く頷いた。その場にいなくとも、旅団員全員が同じ気持ちである事を切に願いながら。
 外は少し嵐が収まりそうな気配がある。それが今後の行く末と関係があるかどうかわからないが、心の鬱陶しい気持ちが少しだけ軽くなった気持ちになる。厚い黒い雲の隙間から少しだけ日の光を見た。それが、希望となるように。

【邪悪なる進軍】
 降り続ける雨の中、暗い空が彼らの力になるのだろうか。闇の魔物たちの軍団が南へと向って進軍している。その全てはノスフェラトゥが作り出したアンデットたちの軍隊。女帝・クラリィスがミュントス七本槍の分裂、死散により強硬手段へとした結果である。アンデットの最前線にはタフで生命力の強いゾンビジャイアントが列を作っている。知能が低いが、その腰にくくり付けた太鼓を打ち鳴らして歩いている。その歩行は一列に狂い無く。打ち付ける太鼓の音は邪悪な空気を増徴させる。戦意を鼓舞する役目もあるのか、後方のアンデットの足並みも早い。
 かなり南下できたのも、のんきな同盟がたった一つの旅団へと全権を委任したのが手伝っている。アンサラーに破壊工作へ出た女帝の一番弟子・エトワールも殆ど手を出さずともすんなりと防衛線を突破できたのだ。南方には数隊いるとの報告だが、どれも若い兵が多いらしく、戦力といっても乏しいものである。
 数日前にリディアへ出発したクラリィスも無事に天空へ進んだと言う。それはいくら石を先に手に入れられたとしても、優勢である事を示していた。
「己ら同士で争うものが、纏まるはずもない。くっくっく。」
 エトワールの口から不気味な笑い声が響く。
「お前らだけに任せても大丈夫だな?」
 アンデットの一体がエトワールの声に敬礼で返す。エトワールはにやりと笑うと上空へ飛んだ。向うは天空の愛する者がいるリディアへ。
 その後でも軍勢は隊を乱す事無くさらに南下していく。途中にグドンたちの群れが巣くう場所もあるが、その時ばかりは獰猛な彼らも脅えて外へ出ない。
 地響きのように聞こえる足音が、周辺の森を震わせている。恐怖と言う名の音色と共に。
 その頃、更に南へ行った場所にある森には三つの影があった。それはミュントス七本槍でも四天王と呼ばれたものたち。今では分散してしまい、三人である。
「無事にアンサラーを越えたようだよ。」
 のんきな声がそれを伝える。三人とも黒いフードを被っているのではたから見れば誰が誰だかすらわからない。が、一人だけ目立つものを背中から生やすものがいる。漆黒の翼がはためく。
「なら、そろそろ暴れさせてやろうか。退屈だろうからな。」
 翼の男が言う。その言葉でもう一人が嬉しそうに頷く。
「血がいっぱい見れるんだな。しかも若い戦士達か。殺してアンデットにしてしまおうよ。」
 踊るような仕草でその場を飛び跳ねる。が、足音はしない。その身のこなしは達人とも言える。
「命令系統を破壊してやれ。ヒサ。」
「そうこなくっちゃ。」
 ヒサと呼ばれた男は嬉しそうに北へと戻っていった。アンデットの大群に暴れろとの命を下しに。
「俺達は?」
「真っ直ぐ南下する。」
 そして、その姿はまた闇の中へ消えた。
 一方、ワイルドファイア南方のポリゴンの木といわれる不思議な木のある森の中で一人の男が不気味な笑をしながら歩いている。その周囲では、狂気に犯されたように巨大な生物が森を破壊しながら闊歩している。
 動物達はどれも数種類の動物が合わさったかのような姿をしていて、中には巨大なグドンのような影も見える。
 その男の前に一人何者かが現れた。
「偽情報は流しておいたぜ。褒美をくれるんだろう?」
「ぐふぐふぐふふ・・・・。良いだろう。その前にトイレ。」
 不気味な男の反応に反応できない。最初見たときは普通の男だと思っていたようだ。そのただならぬ気配が身を包む。その場にいては、危険だと警告音がけたたましく鳴り響く。が、体は痺れて動けない。
「ご褒美はこれだよ。」
 森の奥へ消える男の変わりに現れたのは巨大な野獣。その口だけでも恐ろしく大きい。その牙が容赦なく目の前の獲物に食らいついた。後に残ったのは銀色の腕輪。そこにはヴアサーリ護衛士団と書いてあった・・・・・。
 敵は、近い場所にもいるものだ。強いものに巻かれて、騙されて死んで行くものが後を絶たない。あのテュッティーのように、それは力を求めるがゆえに。
 天空にそびえる最果て山の頂にクラリィスの姿はあった。
「おめでたいやつらだな。おや?あれは・・・・・。」
 見えたものはピルグリムとギアの集団である。それがリディアの方面へと進軍しているのだ。
「ふんっ・・・・・。やつ等を利用してみるか。これは思わぬ収穫だな。後は、上手く進入せねばな。」
 クラリィスは己の尻尾を隠した。ノスであると悟られてはならない。混乱に乗じて護衛士団内部に潜入し、石を奪うのが彼女の作戦だった。
 クラリィスは荒れ狂う軍隊を後に、リディアへと向うのだった。
 闇の軍勢が勢力を増やしている。天空の街にも黒い雲が漂う。不吉な風は、恐怖を運ぶ。

【ワイルドファイアの異変を探れ!】
 灼熱の砂漠が大半を占めているランドアースから見て西方の巨大大陸ワイルドファイア。そこにはかつて昔から存在する巨大生物達の楽園。そして、数多くの不思議が未だに眠る未開の大陸。その巨大さに探索隊すらも一苦労している。ここ最近さらに奥地へと赴く事に成功し、なんとかさらに広い大陸の地図を作り上げている最中でもある。
 食物から動物までありとあらゆるものが巨大ではあるが、住まう人は通常サイズである。そんなワイルドファイアに未だ嘗てない異変が起こっている。ウィアトルノ護衛士団が地図作成のおりに立ち寄ったポリゴンの木と言う不思議な木がある場所で異形の巨大怪物を見たという別護衛士の話を聞いたとある。ヴアサーリの護衛士だと、後で知ったと言うが、護衛士団は互いの職務に抵触してはならない掟が定められてるがゆえに、その話題はかなり問題となっていた。事の詳細は定かではないし、その噂を流した護衛士団員の行方は誰も知らないと言う。森から出ないパンポルナは例外だ。
 その異変の噂は円卓を通して☆Tao☆旅団へと伝わり、フラジピルを初めとする全体で10人の冒険者がその大地へと降り立った。
「うっわー、ひっろーい!それに、向こうより熱いね・・・・。」
 ミュシャが早速汗を流しながら言う。空には雲ひとつなく、広がる青空から降り注ぐ太陽は一年中照り続けるのだと言う。特異の天候状況はランドアースには存在しない多くの独自生態系を誇っている。多種にわたる巨大な生物達がその特徴を色濃くしている。
「なんだ、この暑さは焦れる暑さではなく、突き刺すようだな。」
 ファストがそんな感想を漏らす。彼は好きなお酒をカバンにしまった。この状況で飲んだら倒れるだろうと思っての事だろう。
 彼らを待っていたかのように目の前には一人の小麦色の肌をした女性が立っていた。
「ワイルドファイアにようこそ。大変な任務だが、宜しく頼むな。」
 にっと笑うような仕草はその風貌にぴったりである。彼女こそワイルドファイアの護衛士団ヴアサーリの団長伽羅の霊査士・メイズ(a90074)である。今回の護衛士団員の不始末を他旅団に任せるのも忍びないが、彼らには彼らの仕事もあるのだ。どちらも放っては置けないメイズは情報だけでもと思い、ここまで足を運んだのだ。後ろにはその護衛士たちがならんでいる。かく言う、今回探索へ加わったパライバはこのヴアサーリの隊員でもあるためでもあろう。
 フラジピルは全員を代表してメイズにお辞儀をする。丁寧かつ、綺麗な姿勢だった。
「状況を詳しく教えてください。」
 普段の彼女とは違い、その冷静な口調が今回の事件への心構えをうかがわせる。
「そうだな。あまり時間がないね。ザイン、説明頼むよ。」
 後ろに控えている団員の中でも一番理知的な男性が前に出る。ザインと呼ばれた男はメモを片手に説明を始める。
「変異巨大動物・・・・・・ね・・・・・。」
 アーポンが炎天下の空を見上げてうんざりしたように言う。
「詳しい数はわかってないんだね。」
 カナトもそれに続くように言う。
「七本槍についても情報があるなんて、あんた達にも協力者がいるんじゃないだろうねぇ?」
 マドゥリージュは怪しげな目で隊員を見渡す。メイズはその問いはもっともだが、それはありえないとだけ答えた。どうだか。といった感じで首を左右に振って後ろを向いた。釈然としないものが嫌いな彼女はなかなか納得できない。
「ともかく、行くしかないでしょうね。」
 パライバがその場を押さえるように言う。ディムトスはマドゥリージュの手を押さえている。その手が護衛士団長に振り下ろされるのではと気が気ではないようだ。ウィンにいたっては遠くから見守るだけである。
「そうだね。行こう!フラジピルおねぇちゃん!」
 ミュシャの掛け声で皆も渋々その場を後にした。その後姿をヴアサーリの護衛し達はずっと消えて見えなくなるまで見守っていた。
 南の森までの距離はかなりの時間が掛かる。少なくても一泊は必要なようだ。それをあらかじめ予想していたかのように、ミュシャのカバンの中にはぎっしりとユウコの作ったお弁当が入っている。
 森までの間もただの進軍とはならなかった。パライバからある程度の知識は教えてもらっていたのだが、その道中には巨大なサソリの群れや首の長いキリンと言われる生物の大行進などがあり、多くの時間を消費してしまった。が、何とか目の前に巨大な森が見える場所までたどり着く事に成功した。
「砂漠の夜は冷えるとメリシュランヅさんが言っていたからね。」
 アップレはメリシュランヅから渡された毛布を配っていく。言うように日が陰ると強い日差しが消えて、周りに砂漠しかない場所につめたい空気がやってくる。
 一同は焚き火の周りで寄り添うようにしながらその日をすごした。
 フラジピルは夢を見ていた。巨大な怪物たちに散っていく皆の姿。それを。
 良い夢ではなかった。黒い影が一撫ででアーポンの首を切り落とすのが見えた。怒りに身を任せてアップレがその場で焼けていく。そして、ミュシャが・・・・・・。
「皆!!!!」
 叫び声と共に、フラジピルは飛び起きた。周りはまだひっそりと暗く寒い。しかし、体中には物凄い汗が流れている。それが彼女の体を凍て付かせる。
「お、おねぇちゃん、どうしたの?怖い夢でも見たの?」
 ミュシャがフラジピルの隣で心配そうな目で見つめる。その手はずっと握られていたのか、ミュシャの手が汗でにじんでいる。
「皆・・・・・・が、死んじゃう夢を見た・・・・・・。ぼ、僕、何も出来ないで見ているだけで・・・・・。」
 自らの体を守るかのように膝を抱え込んで震えている。恐怖と、寒さ。孤独。一人ではないのに、好きな人がそばにいて、手を握ってくれているのに、強く感じるもの。でも、それを打ち払うかのように、ミュシャがその体を抱き締める。
「大丈夫だよ。おねぇちゃんは、僕が守るから。もう、誰も失いたくない。だから。僕は闘うんだ。」
 かつて自分の姉を戦いで失い、その時に何も出来なかった思いは、フラジピルと同じである。
「ミュシャちゃん、ありがとう・・・・・・。今夜だけ、今夜だけ一緒に寝ても良い?」
「もちろんだよ♪今日だけとは言わず、何時でもね。」
 にっこり笑うと、汗で濡れている体を嫌がりもせずに抱き締めてそのままフラジピルともども倒れる。
「甘えん坊なおねぇちゃんも、良いかな・・・・。」
 ミュシャに体を預けて安心できたのか、すぐに静かな寝息が聞こえてくる。それを聞いて安心したミュシャにも眠気が来た。
「守るんだから・・・・・・。僕が。」
 そして、夜は明けていく。

 朝になって見上げると、巨大な生物達が空をも支配しているのが見て取れた。その巨大な森を響かせる足音がその場所まで轟く様だ。その巨大さは、遠目から見ても一目でわかるほどに。
「お、大きいですね・・・・・。」
 アップレが少々恐れているかのように。目前には見たこともないほどに巨大な生物達が無数に生息しているのだ。
「どれが敵なんだかな〜ん。」
 ディムトスは呆れた様に言った。その言葉の通りにどれもこれも危険に見える。
 そうは言ってもこれで引き返すわけにも行かない。フラジピルは全員の背中を押すように前進した。昨晩の恐れなど微塵も感じさせない。
「勇気を貰ったから、負けない!」
 冒険者たちはその森へと侵入していった。
 ランドアースに生息する植物はせいぜい大きくて数十メートルだろうが、ここのは違う。幹の太さだけでも湖一つを埋めるのではなかろうかと言う巨大さであり、種や果実などの大きさも尋常ではない。リスのような動物もここでは猛獣になるほどに巨大である。
「まるで自分達が小さくなったみたいだな。」
 ファストが言う。そのままの形容が正しい気がしてくる。ここは自分達の常識が通じない世界だと改めて知らされる。
 その森の中に一際怪しい空気が漂ってきた。
「なあ、さっきから同じ場所を行ったり来たりしているように思えるのは、俺だけか?」
 アーポンがそんな事を言い出した。
「そうかなぁ・・・・。周り同じ景色で解らないだけじゃないの?」
 ウィンがノンビリした口調で言う。回りには変異動物と言われる種かどうかは理解できないが、襲ってくるものはいない様だ。それも手伝ってか、そんな意見がでるのだろう。
「あの木の実に傷でもつけてみるね。」
 パライバが縞模様の緑色で丸い木の実に傷をつけた。
「なるほど・・・・。それが目印になるね。流石じゃないか。」
 マドゥリージュが真似をして周囲に目立つように印を刻んでいく。
 さらに進むと、先ほどつけたような傷がある巨大な木の実が見えてきた。
「・・・・・・・どうやら思い違いじゃねぇな。どうなってやがる?」
 アーポンは周囲を警戒し始めた。既に自分達が敵の術中にある事を全員も悟る。その時である。上空から不気味な笑い声が木霊してきた。
「ぐふ、ぐふふ。ようこそ。ドリアッドの結界の森へ。随分彷徨ってくれたね。疲れただろう?ぽっくんはトイレ行くから、可愛いペットと遊んでくれよ。ご褒美だよ。」
 その言葉が終ると彼らの周りに巨大な殺気がいくつも現れた。その姿は見上げても足りないほどである。明らかにグドンを巨大化したようなものの姿さえそこにはあった。
「どうやら、ただではすまない様だな。」
「皆、無理しちゃ駄目だよ!固まって、ばらけない様に!」
 フラジピルが剣を構える。それに続いて全員戦闘体制へと移った。
「ぐふぐふっ。ショーの始まりだよ。」
 それと同時に巨大な魔物たちが冒険者を囲んできた。
「フ・・・Taoの守護獣“ウパ”降臨!」
 叫ぶと同時に鎧をウパ型にしてカナトが一歩前に出る。そのインパクトで敵を圧倒するつもりであるらしい。確かに、ピンク色で愛らしい表情ではあるが、かなり無理があったようだ。目の前の巨大グドンがその拳を真下のカナトに振り下ろされる。
「ふぎゅるっ」
 言いながらも強化された鎧は何とかそのダメージを相殺できたようだ。作戦が駄目だと解ったが、その鎧を元に戻すのもなんなので、そのまま闘う事にするカナト。ぴょこぴょこ動く姿が似合う。
「Taoに皆を無事に連れて帰るのも俺の役目みたいなもんだしな・・・ユウコ団長も向こうでみんなを守ってるんだ。これくらいで倒れるもんかよ!」
 カナトは強気だ。その行動に少しばかり我を失っていた他のメンバーも攻撃へと移った。
 ミュシャとフラジピルが同時に剣を振るう。前方のゼリー状の敵を前にした。ウーズの外見だが、その大きさは遥かに巨大である。
「ウーズ嫌いーーーーーーー!!」
 フラジピルが叫びながら斬り付けるそれにあわせるようにミュシャも振り下ろす。剣の斬撃と同時にウーズの体が爆熱と共に四散する。
 アップレは中央からニードルスピアを全方位に向って乱れ打っている。この後の事は考えてもいられないのだろう。目の前の脅威はそれでも減らないのだから。
 パライバは何とか敵の行動を沈めようと眠りの歌を力の限り歌い続けている。そのかいがあってか、周囲の魔物の動きが鈍る。そこにアーポンとファストが流水撃で斬り付けて周囲を一掃する。
「僕も歌うかな〜。」
 ウィンは言いながらもブレードダンス♪で敵を幾度となく斬り付けていく。その攻撃に合わせるようにディムトスも斬鉄蹴を放つ。マドゥリージュは達人の一撃で敵を静めながら切り伏せていく。
 アップレはなんとか力を振り絞り、全員にデバインチャージを施している。その見事な連携は周囲の変異動物を近寄らせなかった。だが、その数のせいか、周囲を沈めたときには全員殆どのアビリティーを使用しつくしてしまっていた。
「もう、うちどめだな〜ん。」
 ディムトスが疲れ切った声で言う。が、周囲の魔物は討伐できたようでもある。
 そして、また空から声が聞こえてくる。今度は先ほどよりも近い。
「ぐふふぐふふっ。流石は噂の冒険者だー。ぽっくん自らが相手をするよ。っと、その前におしっこ。」
「ふ、ふざけるな!!」
 カナトがウパの姿のまま叫ぶ。
「ピンクが何言っても説得力ないねー。」
 気味の悪い声が答えた。
「姿を現しなさい!!」
 フラジピルが叫ぶと同時に、木の幹を真っ二つに切り裂きながら一人の黒いフードの男が現れた。
「ぽっくんは、ミュントス七本槍の一人。暗黒の大地・プピ・ソレール。覚えておくんだな。」
 フードを取り払うとそこには真っ青な鎧を身にまとい、長い槍を手にした、まるで竜をモチーフしたような姿の武人が姿を表した。その頭部には毛髪が一本も見当たらない変わりに、頭部には黒い刺青で薔薇が描かれている。そして、額にはドリアッドの証でもある緑の宝石が埋まっている。
「ど、ドリアッドに、毛が無い!?」
 ファストが驚いて言う。その言葉の通り、プピと名乗った男はドリアッドである。元々は薔薇を毛の先端に咲かせていたのだろうが、そいつはそれを剃り、頭部に邪悪な刺青をしているのだ。
「悪夢をみているようですわ。」
 パライバが目を背けるようにしながら言った。
「なら、更なる悪夢を見せてあげるよ。今までの七本槍とは、一味違うところを見せてあげるよ。それと、教えてあげるよ。ここはぽっくんの森だよ。ドリアッドの森は迷いの森になる。ぽっくんを見つけられるかな?」
 言うと、すっと緑色の中に消える。忍者のアビリティーとは違う力に見えた。
「け、気配も感じない?」
 アップレが恐れを感じながらもあたりを見回す。周囲に眠りの歌をウィンが歌いだす。
「無駄。無駄だよ。」
 その声は確かにミュシャの背後から聞こえた。その瞬間である。
「え!?」
 ミュシャの体を簡単に持ち上げてプピが空高く舞い上がる。そのジャンプ力は異常を極める!
「あんな技、見た事もないぞ!?」
「ミュシャちゃん!!」
 カナトとフラジピルの叫びがミュシャには届かない。
「エンジェルなら、飛んでみてよ。」
 プピは冷徹な笑みでその上空からミュシャを地面へ向い投げ飛ばす。金剛投げにも見えるが、違うようにも見える。カナトが急いで落下地点へ向おうとするが、迷いの森がそれを阻む。カナトはその状況に打つ手が無い。アップレがそれを悟ってすぐに癒しの水滴をミュシャに与えるように願う。
「間に合って!」
 ミュシャは木に捕まる事も出来ずそのまま地面へと打ちつけられる。が、それを守るように水滴がミュシャを覆う。しかし、ダメージはしっかりとミュシャの体を蝕む。
「うぐっ・・・・・・。」
 口から大量の血を流してその場で動かなくなる。フラジピルは見ていた。先日の夢の中と同じ光景。次は、アーポンが空中で切られてしまう。守らなければ。ミュシャの苦しみの声がフラジピルの行動を速めた。
「アーポンお兄ちゃん!どいて!」
 フラジピルはアーポンを押しのけて何もない空間に剣を突き出す。それと同時に爆発が起きる。
「なに!!」
 プピは確かにそこにいたのだ。フラジピルの正確な打ち込みは違う事無くプピの胸部を貫いたように見えたが、鎧が少し傷ついているだけである。
「何故、何故わかった!くっ・・・・ぐふふっ。まぐれだろうねー。まだだよ。あいつを殺そうか。」
 声が再び消える。今度は、夢と違う展開だが、何処に現れるかフラジピルには理解できた。
「マドゥリージュさん、あの空間を攻撃できますか!?」
「なんだか解らないけど、やってみるよ。」
 マドゥリージュは達人の一撃を何もない空間へと打ち込む。その場所はミュシャの倒れている場所の上方向であった。
「ぐふっ!ま、まさか?!」
 またしても空間から声がした。それと同時に赤黒い血が大地を濡らす。
「手応えありだな〜ん。血の位置でわかるな〜ん。」
 ディムトスの言うとおり、傷ついた部分から流れる血が、プピの居場所を示していた。
「貴様!貴様からだ!」
 血が一瞬消えた。フラジピルは真後ろに向って剣を振るうが、今度は当たらない。それどころか、空中の何もない空間で剣が動きを止めている。そのまま動けない。
「フラジピル!上だ!!」
 アーポンが叫びながらフラジピルを突き飛ばした。
 ざくり・・・・・・・・・。音は確かに聞こえた。鈍い突き抜ける音。そして、アーポンの苦痛の声。
「アーポン!!」
 アップレが急いで駆けつけて応急処置を施す。が、その腹部から流れる血の量は尋常ではない。
「ぐふふ・・・・・・。二人目。三人目は間抜けなやつにしよう。」
 声がまた森の中に消える。ミュシャの容態もかなり悪いようだ。いまだに倒れたままピクリとも動かない。が、息だけはあるようだ。それだけが、フラジピルの心の支えだった。
 我慢できずにモモが周囲へ無差別なニードルスピアを放つ。が、どれも空中を彷徨うだけで当たらない。その無数の針を避けているとでもいうのだろうか。
 ふと、ディムトスの背後の草むらが赤く染まったように見えた。それを見てから動いたのでは遅かった。ディムトスも気配を察知できたのは背後に回られてからだった。
「う、後ろ?な〜ん!」
 ディムトスが防御の体制をとるが、プピはその無防備にも見えるディムトスの腹部を容赦なく突き刺した。
「な゛〜〜ん゛!!」
 うめきながら腹部から大量に血を流しながらディムトスが空中に浮く。その大量の血をアビながらプピがそこに姿を現した。
「これじゃあ、隠れられないね。血、出しすぎだよ。」
 プピは困ったような顔をしながらもディムトスを突き刺したまま振り回す。ディムトスはこの時を待っていた。
「見つけ・・・・られないなら、こちらが捕まえ・・・・れば良いんだな・・・・〜ん。」
 プピの槍を両手で掴み、ディムトスは何を思ったか更に槍を深く突き刺す。そしてそのままプピに抱きついた。
「これで・・・・・・動けないな〜・・・・・ん!!」
「ディムトス!もうやめな!あんたが死んじまうよ!!あんたを失いたくない!」
 マドゥリージュがその状況に狂ったかのように叫ぶ。
「姉御を泣かしちゃった・・・・・・な〜ん。でも、こい・・・・・つは、こうでもし・・・・なきゃな〜ん。」
 ディムトスが笑顔で答えるマドゥリージュの叫びも彼には既に聞こえていないかのようだ。がっちりと体を押さえられたプピが激しく抵抗するたびにディムトスが苦しく呻く。このままでは・・・・・。
 フラジピルは剣を取った。それを見てミュシャとアーポンが重傷を負いながらも立ち上がる。
「姉御、先に・・・・・・あっちに行くな〜ん。」
「・・・・・・馬鹿だよ!あんたは最後まで!死なせるものかい!あんたとの約束があったろう!?死なせるもんか!」
 マドゥリージュも剣を構えなおす。
「自己犠牲か。素敵すぎて笑えないよ!死ねよ!早くさあ!!」
 プピが全身の力を使ってディムトスの腹部を槍でかき回す。そのたびに力が抜けて行くのが解る。森の結界のちからもそれで少し弱まったのか、全員が駆けつけられた。アップレは泣きながらも必死にヒーリングウエーブを浴びせる。
 ミュシャがやわらかい光を受けて力を取り戻し、地面を蹴った!
「許せない!あんたなんて、とんでっちゃえ!!」
 ミュシャが決死の覚悟でプピの側面からブレイブタックルを叩き込む。自らの体にも反動があるが、それでもミュシャは耐えている。プピはそれでも動かない。
「まだだ!!」
 アーポンが腹部の傷も気にせずにプピの頭上から電刃居合い斬りで斬り付けた。プピの異様な刺青が切り裂かれ、どす黒い血飛沫が飛び散る。たまらず槍を手放したプピの懐にマドゥリージュが飛び込んだ。
「あんたが、死ねーーーーー!!」
 その達人の一撃はプピの鎧を突き抜け、胴体を二つに切り分けた。
「げひっ!」
 そのまま大木に叩きつけられるプピの上半身。だが、下半身だけが動き、アップレに対して斬鉄蹴のような技が飛ぶ。
「え!?」
 動くとは思わなかったその部分に反応が遅れて防ぐ事が出来ずに遥か後方に吹き飛んだ。そのまま動かなくなるアップレ。
「アップレさん!?き、貴様!!」
 パライバが武器で直接プピの下半身を叩き伏せる。鈍く嫌な音がするが、止まることが無い。ファストがその足にまたがり、上から剣を突き刺した。
「これで動けねぇだろ!!」
 串刺しにされた足が空中を彷徨うように動く。
「まだ動くのかい!?」
 足に目が集中している間に上半身の姿が見えなくなっている。
「ば、化け者!!」
 カナトは初めて恐怖した。その異様なる力は今まで闘ったどの魔物よりも凶悪である。カナトは何とか力を振り絞り、鎧聖降臨を仲間に施す。それを察知したのか、カナトの背後に上半身が現れた。その肉体そのものが木になっている。ドリアッドが魔物へと姿を変える瞬間である。
「本当の力を見せてあげるよ。」
 プピは言うと、周囲の木が動き出し、カナトの体を束縛した。その内の一本が容赦なくカナトの右腕に突き刺さる。
「カナトお兄ちゃん!」
 フラジピルはかけようとするが、その場から足が動かない。雑草たちがまるで捕まえるかのように足に絡みつき、締め付ける。
 周囲の木々と一体となったプピはさらに肉体を木々の姿へ変えていく。下半身もその場に根を下ろした。
「ふっ・・・・・こんな所で最後とはね・・・・・。」
 アーポンがもう見えない目を凝らすように木々を見た。周囲が見えない分だけ気配が強く感じる。邪悪な敵の感覚が見えるかのようだ。その隣に瀕死の状態のディムトスがやってくる。
「これも、運命だな〜ん・・・・・・。あんたと一緒だから、寂しくないかな〜ん。」
 二人は頷きあい、その場から走った。ツタが二人の足を絡めとろうとするが、それを素早く切払う。
「やめて!二人とも!動いたら、もう、動いちゃ駄目!!」
 アップレの悲痛な願いも二人にはもう聞こえない。

 大好きだった。出合った時から思っていた。アップレ。
 この女性を守ることが、俺に出来ることだと思った。
 アルビナークでの事件でであったのが運命だった。
 決めていたんだ。好きなやつの為に、俺は生きるって。
 それが今、果たせるんだ。
 アップレの気持ちも知っている。嬉しいよ。
 こんな風任せな男を好きになってくれて。ありがとう。
 二人で店をやろうって約束。守れなくってごめんよ。
 でもさ、見えるんだ。未来に笑っているお前がさ。
 俺の名は、風の放浪者・アーポン。
 放浪するのもこの辺で終了だな。
 楽しかったぜ・・・・・。

 何時も寝てばかりの俺を冒険に連れて行ってくれたのはウィンだったな〜ん。
 誰にも相手にされない俺を誘ってくれて、本当に嬉しかったな〜ん。
 初めは二人の旅だったのが、姉御が加わって更に楽しくなったな〜ん。
 あの日々の思い出が、俺の宝物なんだな〜ん。
 そんな大切な二人を守ることが、俺の役目だな〜ん。
 いつも気にかけてくれた最高の親友。ウィン。ありがとうな〜ん。
 俺を最後に思ってくれただけでも嬉しいな〜ん。姉御・・・・・。
 眠れる野獣に、本当の眠りがくるようだな〜ん。
 でも、安らかな気持ちなんだな〜ん。
 あの時の約束が守れるな〜ん。
 【姉御を守り抜く】
 ここで終わりだけど、でも、それでも守り抜くな〜ん。
 それが、俺の進む道な〜ん。

『俺達は、俺達が決めた道を歩む!』

 二人の姿が異形の形へと変化する。暴走した精神はグリモアの加護を破り、冒険者の姿をキマイラへと変貌させる。以前の見る影もなく、炎の鳥と、氷の虎がプピの森を全て浄化していく。
 それは、いくつもの光を生み出した。
 赤・黄・青・緑・紫・黒・白。
 虹の架け橋が、二人の生命と共に、森を駆け巡った。
 フラジピルは見ていた。二人が戦う姿を。ただ、己の道を進むために。輝く二人の強い魂の光を。
 轟音と共に、周囲の森が、その日その場から消失した。
 尊い二つの命を道連れに。

 燃え尽きた木々の中央に、二人の姿はあった。既に、物言わぬ屍として。しかし、その姿は以前の人の体。
 顔には、笑顔が・・・・・・・。
「アーポン・・・・・・アーーーーポーーーーーン!!!」
 上空彼方まで、アップレの叫びが木霊した。マドゥリージュとウィンはその場で無言のまま涙だけを流している。
「こんな事が、おきちゃ行けないんだ。もう、二度と・・・・・。」
 カナトが拳を握り締めた。
「僕、また・・・・・失っちゃならない人を・・・・・・・。ぼ、ぼく・・・・どうすれば?・・・・・。」
 気を失っているミュシャや周りに問いかける。
 その時、その問いに答えれるものはいなかった。
 一同はその後、ヴアサーリの護衛士団によって保護され、しばらく休養を強いられた。
「ユウコは大丈夫だろうか・・・・・。」
 カナトが言った。
「この体で救援したとしても足手まといでしょう。祈るしか・・・・・・。」
「これほどの無力を感じたのは初めてですわ。」
 カナトとパライバも満身創痍であるがなんとか重傷を間逃れている。とは言え、アーポンとディムトスの行動がなければ今頃は森の一部となっていたに違いない。
 ワイルドファイアに降り注ぐ太陽の熱は、それでも容赦なく照り付けてきている。
「石はなかったんだね。やっぱり罠だったんだね」
 マドゥリージュは言う。変異動物も良く考えればあのプピとか言うのが作り出したのだろうか。
「ミュントスの七本やりも後4人・・・・・・か。」
「あの敵の、あの力は?」
「あんな力を持つものが、石を手に入れれば、同盟は・・・・・・。」
「この情報だけでも私達の手で伝えなければなりませんね。」
「円卓も、動かざるを得ないだろからねぇ。」
 冒険者達に休息の時間は少ない。その5日後にはまだ痛む体をかばいながら一同は☆Tao☆に戻った。
 彼らはそこで、新たなる戦いの音を聞く。

【リディアを守れ!】
 最果て山脈の麓には奇妙な洞窟がぽっかりと口をあけているが、その入り口は造形美に溢れていて、まるで何かの姿を思わせる。その内部には巨大な転送装置が鎮座している。ランドアースには、いや、この世界には不可思議なものが多い。これもその内の一つ。冒険者達を遥か離れたドラゴンズゲートへ瞬時に飛ばす事が可能なゲート転送の仕組みもその一つ。果たして、それを作り上げたのは、古代の神々のなせる業なのか、それとも。
 そんな転送装置の入り口にプルーフは不思議に光る鍵を差し込んだ。周囲に淡い光が広がり、効いた事もないような音が周囲にとどろく。地底からはまるで何かを回転させているかのような音が聞こえてくる。
「これで・・・・・・・。リディアまで・・・・・・すぐです・・・・・・。」
 プルーフはそのまま円形の台座の中心に立ち、目をつぶる。すると、眩いまでの光が装置から溢れ、プルーフの姿は次の瞬間にはその場からいなくなっていた。その場にいる冒険者たちも幾度となく経験している転送の力。はたから見てもその異様な力をわけも解らず使用するのは危険があるのではなかろうか。誰も、今までその謎を知ろうとはしなかったのだろうか。
「さあ、行きましょう。」
 ダストスが言うと、背後にいた9人の冒険者達がそれに続く。☆Tao☆の冒険者である。
 円形の台座は巨大であり、それだけの冒険者を乗せてもまだ余裕があるようだ。ダストスが今回ついてきた理由は一つ。プルーフの存在が大きい。何故、同じ名前なのか。同じ顔をして、同じ声をして。ドリアッドではないけれども、その姿は間違いなく、ダストスの姉であったプルーフに瓜二つである。その謎を、いや、彼女を守りたいのだ。一度失ったものをそれで取り返せるとは思わない。ダストスの姉にかわる存在などいない。エンジェルのプルーフは、プルーフであり、ダストスの姉ではない。その事実を理解したうえでも、大きな思いに動かされて。
 ダストスが目を閉じるとそれに従うように全員目を閉じた。天空に広がる世界が一瞬まぶたの裏側に見えた。
 天空から降りてきた種族と共に、現れた生命。それは同盟では決して見ることがなかった存在。ピルグリム。白く硬い皮膚を持ち、腕を様々な武器とする亜種が存在しており、尻尾は産卵管として機能している。その産卵管は多生物へ卵を産みつけ寄生させて、生まれると同時に被害者の肉体を食らって育つと言う。その繁殖力はそれほどでもないと言うが、戦闘能力だけ見れば一介の冒険者のそれを遥かに上回ると言う。
 過去に、そのピルグリムたちの母とされるピルグリムマザーを中心に同盟全体が戦争状態になった次期があった。今ではピルグリム戦争として歴史に残る闘いとなっている。その時倒したとされるマザーは今でも生きていると言う話が有力であり、今もなお、天空の大地を徘徊しているのが、その証拠であると。
 そして、またそのピルグリムが襲ってきたのだ。そして、敵はそれだけではない。巨大な銀色の強靭な肉体を持った赤ん坊の姿をした新たなる魔物。ギア。この存在はスカイハイコリドーと呼ばれるドラゴンズゲートを発見した事により新たな脅威として世界中を揺るがす事となった。が、ドラゴンズゲート内から出ずに、何かを守るかのように徘徊するそれは、あらゆるものを敵とみなし、襲い掛かると言う。それがピルグリムであっても。だ。ようは二つの生命が共存しているわけではない。どちらかと言えば、知能と言う概念があまり感じられぬギアの方がやや残忍なのであろうか。
 ギア自体の戦力はピルグリムを凌ぐといわれ、一瞬でその硬い皮膚を切り裂く武器を持っているのだと。そのギアと呼ばれる新たなる敵が、共に何かを求めてリディアへと向い始めたのだ。
 無論相容れない生命たちは道中も殺しあいながら進んでいるのだとプルーフは説明した。その有様はまさに地獄のような光景であると。空を飛ぶ鳥が脅えながらその周辺から飛び立ち、動物達は恐れをなして逃げていったと言う。
 ギアの幼児型の生命は地上の赤ん坊と同じ様にけたたましく泣く声を武器にしている。その泣き声は周囲を震わせ、周囲全体の誰とも構わず恐慌に陥らせるほどの力を持っているのだ。狂ったように動くそれを見たものは、必ず一瞬行動を躊躇うとさえ言われる。それは、巨大ゆえに。それは、異形のものゆえに。
 冒険者達が転送された後、そこには一つの影が見えた。それは迷う事無く転送装置へ。
「・・・・・・・。馬鹿が。」
 黒いフードに身を包むその姿は、転送装置の光と共に消えた。
 目を開けるとそこは既に何処かの建物の内部のようだ。足元には先ほどと同じ装置があるが、周囲の空気、景色は全く違うものである。
 目の前には先に転送されたプルーフと共に、一人の老婆が立っていた。その人こそリディアの護衛士団を纏める団長、グリシナである。
「ようこそ。勇敢なる冒険者・・・・・・。ここは、再生の聖域・リディア。私は貴方達を歓迎しましょう。」
 落ち着いた物腰、暖かい眼差しは母親を思わせるような、自らの祖母を思わせるような、不思議な感覚がする。それが彼女の持つ人徳であろうか。包み込むような感覚は冒険者達の緊張までも揉み解すように。
 リディア護衛士団の建物は以前その場にあったエンジェル達の聖域に建てられているが、ゆえにそのような名を付けられたのであろう。では、その聖域は。無論、ピルグリム戦争の中、消滅してしまったのである。数多くのエンジェルたちの血と共に。その建物内には人気がなかった。今はそのピルグリムとギアの軍団がグリモアの領域を侵さぬ様に護衛士団が総出で配備していると言う。この場所を撃ち捨てても守り通さなければならないもの。それがグリモア。グリモア自体はリディアの建物より少々離れた場所にあるホワイトガーデンに存在している。
 応接間のような場所に全員が案内されると、グリシナは全員に席に着くように言った。まずは話を。と言う事らしい。理解した旅団員達はそれぞれ好きに着席した。
「まずは、何処から話しましょうか?」
 ノンビリとした口調で話し始める。まずは質問でも聞こうかしら。と言う雰囲気である。ユウコは自分のカバンの中から石版を取り出した。
「この、石版の本当の意味を、知りたいのです。知っているのなら、教えては頂けませんか?」
 ユウコはその後言葉を一旦切ってからユリシアが何か知っていそうだったが何も語らなかった事を伝える。グリシナは何かを思い浮かべるようにして、にっこりと微笑んだ。
「あの子らしいわね。あくまでも冒険者の導き手なのね。」
 グリシナはそれだけ言うと席をいったんたち、背後にある箱を持って席へついた。その箱を開けると、そこからは一枚の古びた紙が出てきた。そこには見たこともない文字が並んでいる。これは、昔よりこの場所でエンジェル達が守ってきた数少ない過去を記すものであるとグリシナは説明した。その文字を解読できるのはごく一部の以前より生き延びている僅かなエンジェルにしか出来ない。悠久の時の流れや大きな戦で読める存在を失った事が大きい。
「ここには、神々の誕生から、グリモアそして、その石版の創生が記されているの。」
 箱の中から更にもう一枚。今度はかなり大きな絵がそこに描かれている。それは、邪悪なモノを描いたような、そんな印象を受ける。その邪悪なモノが、一つの石版へ封じられていくような図。まるで、ユウコの持っている石版と同じ様な。
 グリシナは全員に言い聞かせるように、ゆっくりと語り始めた。
「世界がまだ神々の支配する遥か昔の事よ。その世界には七つの邪悪な存在と、神々が戦っていたわ。これは、グリモアとなった神々とは、同じくして、違う物語よ。でも、現実にそれは起こった事だとわかるわね?その、石版こそ、歴史があったとされる証拠なのだから。」
 そこで一回息をついて、更に話し始める。
 七つの悪魔はそれぞれ名前があった。
 祖は、七つの大罪。紅の憤怒・蒼き高慢・黄色い怠惰・翠の嫉妬・紫の大食・闇の肉欲・光の強欲。その悪魔達の力は強大であり、神々の力をも凌いだとされる。しかし、神々は力を合わせ自らの肉体を石版とし、一人の神が虹色に輝き、悪魔達の体を小さな石へと封印し、石版へと永久に封じたはずだったのだと。
「地上での吟遊詩人たちの歌と随分と違うのでござるな・・・・・。」
 シオンがそこで言った。グリシナはそんなシオンに右手をそっと上げるようにして、発言を止める。
「今ある言い伝えは長き時の末に、人々のありとあらゆる解釈がまじり、そのようになったのでしょう。この事実を知るものは、もう私達だけかもしれませんわね。」
 石版へ永久に封じるはずだった・・・・・・・その、だった。と言う言葉には続きがある。神々達は己の命と引き換えにようやく悪魔を封じる事に成功したものの、そこで力尽きてしまう。石版をそれから虹の力へ還元して空へ返さなければ封印は完全ではないのだ。術半ばで力尽きた神々はその石が悪用されぬように、本当の最後の力で悪魔を封じた石を世界中にばら撒いたのだ。
 その石の存在が、何故今になってその姿を現したのかははっきり言って不明であるが、まだ七つの悪魔達の残留思念がその石に留まり、ノスフェラトゥと言う地獄の民達が彼らを欲したのがきっかけで、悪魔達もそれを糧に封印をといてもらおうと自己主張し始め、周囲に大きな影響を出し始めたのではなかろうかと。
「なぜ、地獄の者がこれを求めるのかがはっきりしたのぅ・・・。」
 メルティナの言葉にダストスが頷いてそれに続く。
「神々の時代に生きていた神の力をも凌ぐ七人の悪魔を封じた石。だからアルビナーク町長の姿を、精神をあそこまで蝕むことが出来たのですね。もし、石の力が放たれたら・・・・・・・。」
「神々の力は世界を創生したとも言いますし、それを凌ぐ力を持った者が開放されるなんて考えたくもないですね。」
 ダストスの言葉を遮ってユイシィが言う。その前に、全ての石を封じれば最悪の事態は防げるはず。そう付け加える。
「しかし、それほどの力を持つ石があると解ってもなお、何故同盟は動かないのでしょう?」
 マクセルは疑問に思っていた。世界中に散らばったのであれば、今までのがわかりにくかったとしても、何かしらの影響が及ぶのであれば、誰かしら調査に向うであろうが、その報告があまりにもないのだ。それに、今回の円卓での態度が気になって仕方がないのである。
「ただ放っていたわけではありませんよ。世界にはまだ解決せねばならない問題は山積みです。それに裂く力はそれほど多くはありません。その上に石の探索はやや困難を極めていました。ですが、水面下で調査は行われてますわ。」
「しかし、同盟の決定には異を唱えさせて貰う。」
 モモがやや怒った様に言う。全てを☆Tao☆旅団に全権を任せるという判断。それは放置するものであり、それほどに危険なものをたった一つの旅団に任せるとは。
「それについてはユリシアに代わって私がお詫び申し上げましょう。しかし、同盟全体でおきている事件はこれだけではない事をご理解下さい。」
 ランドアースではいつも冒険者の力を必要とする者たちは後を絶たない。それほどに混沌とした世界なのである。町を歩けば事件があるとでも言うくらいに。いかに大きな戦があったとしても、全ての戦力をその場に割くことが出来ないのも、確固たる事実ではある。
「プルーフさんから窺ってますが、ここに光の石があると言うのは、本当なのですか?人が触れれば、今までを考えるとただでは済まない気が・・・・・。」
 マクセルの言葉にグリシナはまた右手を上げ、その言葉を止める。
 グリシナは遠くを見つめるようにして語りだす。石は遥か昔からこの遺跡に封印されていたのだと。封印できなかった邪悪な石を、古代のエンジェルが力を合わせて封印を行ったのだろうと。光の石は強欲を司る。その光を目の前にするだけでも石の魅力に取り付かれ、エンジェルの国は危機に陥ったのだという。それでもなんとか封印を施す事に成功し、現在にいたるわけである。今、石版が見つかり、それを封印する者が現れたからこそ。封印は解かれるのだ。
「改めて聞きましょう。貴方達はこの石を封印し、どの様にするのかを。」
 グリシナは手を祈るように合わせて真剣な目で冒険者達を見渡した。
 ユウコはその問いに旅団長として、立ち上がり答えた。
「これ以上の悲劇を増やさないためにも、石を全て封印して空に虹を。・・・・・・何?音?」
 ユウコが全てを語る前に巨大な音がリディアを振るわせる。
 応接間に一人の護衛士と思わしきエンジェルが駆け足で入ってきた。
「団長!や、やつらが来ました!ま、真っ直ぐここを目指してます!!」
 その場にいる全員が立ち上がる。メリシュランヅはユウコに視線を合わせて言う。
「団長は早く石を石版に封じてくれ。やつ等は任せろ。」
 その言葉にシオンとマクセル、メイとモモの四人が動いた。シオンはメイとモモに向って言う。
「今回の作戦でお互いに失敗しないようにするでござる」
 二人はシオンの言葉に頷いた。ユイシィは今回ユウコを守ると決めてシオンとは別行動をとることにした。ユイシィの心も穏やかではない。シオンへ向けた視線はずっとその姿を見つめて。それに気が付いたのか、シオンはユイシィに振り返ると、何時もより暖かな笑みを浮かべる。声には出さないが、その口の動きが言っている。心配要らないでござる。ユイシィもそれに答えるように口だけを動かす。気をつけて。と。二人は離れていても。
 五人が行った後残ったのはユウコとユイシィ、メルティナとグリーンユウ、プルーフそしてダストス。グリシナは六人を連れて即座に封印の間へ向った。全てが手遅れになってはならないと。
 そして、誰もいなくなったその応接間に、一人の女性が現れた。転送装置からやってきたのだろう。その影が二つに増えた。
「何故、ここに来た?」
 女性はやや怒ったように言う。言われた陰は少し脅えるような仕草をしながらも答える。
「貴女を守るためだけに。」
 言われても表情一つ変えずに封印の間へ向った。周囲の木で出来たモノが腐り落ちる。その彼女が通った足跡は醜く腐敗していく。まるで生命を奪いながら歩いているかのように。
 封印の間には数人見えた。
「あれが、光の石・・・・・・。」
 影が言う。その光を今にも取ろうとする欲望が心に溢れかえる。強欲と言う名の力を持った石は、魔の者の心を容易く操るのだろうか。
 二人は、招かれざる客。ミュントスからやってきた、ノスフェラトゥと、その忠実な僕。

 外に出たメイは獣達の歌で空を飛び交う鳥たちへ歌いかけている。向ってきている敵の特徴や数の把握をしたいようだ。手にもった鳥用の餌は流石にその状況では使用は期待できない。
 メイは優しい歌声で逃げ惑う鳥たちへ呼びかけていくが、その鳥たちから聞こえてくるのは恐慌を来たした言葉ばかりである。その中で聞こえる統一した言葉があった。銀色の悪魔。それが破壊を持ってやってくると。白き魔物をも蹴散らしながら、狂気の集団がやってくると。
「見てください!あ、あれを!」
 モモが叫ぶ。その指差す方向にはぎらぎらと輝く物体がいくつも見える。その姿は異様を極め、暴れるように進むその姿は恐怖をもたらし、発せられる声は心を乱す。
「気をしっかり持て。あの声に脳をやられてはただでは済まぬぞ!」
 メリシュランヅは剣を抜き放つと轟音とどろく中、精神を集中させ、敵を見やる。何時ものおちゃらけた様な感じが全く感じられない。マクセルはそんなメリシュランヅをただじっと見ている。
 シオンもメリシュランヅに続き、剣を抜く。敵は既に目の前に迫っていた。強烈な泣き声が彼の心を蹂躙していく感覚。
「これは厄介な戦いになりそうでござるな!」
 その声にメイは耳を塞ぎながらも眠りの歌を発動する。まだ距離的にはあるが、数体のギアがその場に崩れ落ちる。その様子からもまだ生まれたての子供の姿を。ただ、醜い銀色の巨体はそれを感じさせない。眠りの歌は効果すらあるものの、彼らは次の瞬間には目を覚ましている。メイはそれでも歌い続けるようだ。自らが敵の声に負けないくらいの声で歌い、なんとかくじけそうになる心を強く、負けない心とするためにも。
 攻撃の口火をきったのはマクセルの弓から放たれたナパームアローだった。綺麗な放物線を描いて着弾したナパームは周囲の魔物を巻き込みなが爆発する。その爆風と共にシオンとメリシュランヅは同時に敵へ向って駆けた。モモはその援護をするためにもニードルスピアを後方から乱れ打つ。
「黒き薔薇を抱いて眠れ!」
 メリシュランヅは薔薇の剣戟をギアに打ち付ける。1、2、3、4、五回の連撃は見事にギアの体をその場に分断する。それと同時に彼の周囲を黒い薔薇の花びらが散る。その薔薇が空中に四散している間に、更に花が咲き乱れる。まるで踊るように彼は敵を切り続ける。その剣は石のように硬いピルグリムの体すらも意味しないかのように。
「我が名はシオン:ライジング!邪悪を切り裂く剣なり!」
 シオンは流れる水の如く敵を剣でなぎ倒していく。その流れる剣の衝撃は押し流す水の如し。彼の周りにいた巨大なギアが無残な姿で転がる。水はまるで止まったかのような錯覚。その飛沫は銀色の肉体を突き抜ける。
「リデイアには一匹たりとも通しませんからね!」
 マクセルは弓に力を込めて奥から向ってくる敵へ矢を放つ。その矢は着弾と共に爆発し、その爆発はピルグリムとギアを容易く破壊していく。マクセルは休む事無く弓を射続ける。その爆風の中で闘う二人の力を信じて。その隣ではモモとメイが互いに力の限りアビリティーを乱れ打っている。息も上がっているが、その敵の集団が消えるまで。
「シオン、やるぞ!これでは埒が明かない!」
「わかったでござるよ!」
 メリシュランヅとシオンは己の持っていた盾を空に投げた。
「あれをやるのですね?」
 マクセルは弓を構えなおして二人のいる場所へと狙いを定める。二人は一気に戦いを終らせるつもりらしい。マクセルも早くユウコたちと合流をしなければと考えていた。それは、今だ現れない敵の存在を気にしているのだ。
 メリシュランヅたちの合図を元にマクセルは躊躇う事無くナパームをそこに打ち込んだ。
 ナパームがその場で爆発する。その場には二人の姿がある。飛び散る炎は二人の体を避けている。いや、正確には二人がその嵐の中を潜り抜けているのだ。
 爆風の中ピルグリムとギアが吹き飛んで行く。それでもなお、行き続けるモノに二人は容赦なく剣を振るい続ける。まるでその中は時が止まっているのではないかと。そう感じさせるような。
 中央で爆風と共に水滴が浮かぶ。更にその周辺に薔薇が咲き誇る。色とりどりの花がその場に咲き乱れる。そこにモモのニードルスピアが光り輝いて照らし、メイの歌声が合わさって。
 その様子はまだ増え続けるような敵を逃走させるに及んだ。鬼神のような冒険者の姿に脅えるかのように自らの塒へと逃げ帰って行った。
 空中に舞っていた花びらが地面に落ちたと同時に、メリシュランヅは剣をおさめた。
 その時である。リディアの建物内から爆発音が響いた。
「マクセル!行くぞ!!」
「はいっ!」
 二人の声に全員が続いた。リディアから振動が響く。ただ事ではない。
「ユイシィ、無事でいてくれ!」

 封印の間。壁面には不思議な文字で埋め尽くされており、中央の台座に真円の石が鎮座している。光り輝く石は封印されてもなお、何かの衝動を感じさせる。それは、強欲と言う名の。
 グリシナは光を正面から見ないように冒険者達に話しかけた。
「この石の力を本当に封印できるのはその石版だけです。封印されれば他の石と同じ様に力を失うでしょう。」
 先ほどのユウコの答えを全て聞かずとも、この冒険者達の思いはグリシナの心に響いていた。そして、その石を守ることが自分では出来ないという事。護衛士達はグリモアを守るが為にある。彼らに全てを任せなければならない苦悩。しかし、勇気あるその瞳が、グリシナを動かしたのだろう。時間がないというのも、確かである。
 ユウコは台座の前に立った。目の前の光が、自分には今までなかった何かを訴えかけているのがわかる。が、それを聞かないようにするためか、目を強く閉じ石版を前に突き出した。
 グリシナはその隣で封印解除を施していく。その口からは聞いた事のない言葉がつむがれる。部屋中がその声に反応するかのように光だし、封印の光が弱まって行く。
「ふふっ・・・・・。この時を待ってたんだよ!」
 何者かの声がした。石版へ石が引き寄せられる瞬間である。石はその場から瞬時に消え去った。
「何者です!」
 グリシナは声を荒げて叫ぶ。その問いに答えるかのようにその場に二人の女が姿を現した。二人とも褐色の肌に、黒いフードを被っている。一人は尻尾を生やしている。それはノスフェラトゥの証である尻尾が。そして、ノスの女の右手にはしっかりと光の石が握られていた。
「我が名は女帝・クラリィス!この世を支配せし大いなる存在。矮小なる者よ、跪け!」
「クラリィス様を守護するために。私はエトワール。その名を刻め。」
 その言葉にルルティアが前に進んで言った。
「御主等が7本槍か・・・面白そうじゃ。往くぞ、妾の滾りを無駄にするな?」
 二人は薄っすら笑いながら黒いフードを取り去った。それと同時に二人の姿がその場から消えてなくなった。
「ど、何処に行きやがった!?」
 グリーンユウが叫びながら周囲を慎重に見渡す。姿が消える時に動くものがあった。ハイドインシャドウの力であろう。目を凝らして集中すれば敵の居場所を悟る事が可能なはず。周囲の光の中に、確かに動くものが見えるようで、まるでそれは陽炎のようにゆらゆらといくつも見えるのだ。
 闘いの予兆にグリシナがその場に倒れる。それをダストスが抱きかかえる。普通の霊査士であれば間違いなく気を失う場面で彼はやはり気を失わない。だが、その口元からは血が流れている。無理をしているのは明確だ。
「貴方のような霊査士がこれからの世には必要なのですね・・・・・。」
 それだけ言うともはや意識はなくなっていた。
 そんな二人を守るようにプルーフが立ちはだかる。長剣を手にまるで身を持って二人を死守するかのように。
 周囲の陽炎は霧のようにあたりに充満して冒険者達の視界を奪い去る。
「ふふっ・・・・。可愛い私の僕たちを殺したお前達。ただでは殺さぬ。エトワール、お前は後からやってくるやつ等を足止めしろ。私はこいつらと遊ぶ。」
「畏まりました。お気をつけて。」
 霧の奥から二人の声が聞こえる。方向はわかるのだが、深い霧に包まれて特定できない。すっと言う音と共に一つの気配がそこから消えた。きっとエトワールがリディアを守っているシオン達の方へ向ったのであろう。
 盲目とでも言おうか。その空間にいるという感覚意外、敵の位置や気配さえも乱れているかのようだ。迂闊に動けば仲間の体を傷つけてしまうやも知れない。それが全員の動きを抑制していた。勿論それが相手の思惑通りだというのも知ってはいるのだが、どうしても先が見えずに攻撃の手を出す事が出来ないでいる。
 ユウコの目の前に、それはいた。
 ユウコの目の前にだけ姿を現したのだ。彼女がその中のリーダーであると言うのがクラリィスには解っていた。
「まずは、仕留めるのはお前からだな。なぜか、お前からは何かを感じる。それが気に食わぬ。」
 クラリィスは手を翳すと何処からとも無くその手に茨のような形をした剣が握られた。その剣が邪悪な力に身を包んでいるような。そんな気分にさせる。真っ赤な血の色に染まっている。いったい、その剣でどれほどの命を奪えばそうなるのだろうか。ユウコはそれでも闘う瞳を失わない。その手にある杖を両手で握り締め、敵をみやる。
「私も、貴女からは何かを感じます。お互い、相容れない仲。そんな感じでしょうか。」
 それだけ言うとユウコは躊躇う事無くニードルスピアを放つ。
 近くでアビリティーが発動したためか、ユイシィの周囲の霧がやや薄くなる。その向こうにはユウコともう一人。それは戦っているように見える。
「いけない!ユウコさん!!」
 ユイシィはただひたすらにユウコの元へ駆けた。
 ニードルスピアの雨はクラリィスの体に確かに届いたはず。その体に無数の矢が刺さっているのが見える。のに、クラリィスは笑っているのだ。何事も無いかのように。
「ふふ・・・・・ふははははは!ヌルイ!この程度なのか。」
 クラリィスは剣を一閃した。
 ガキッと言う鈍い音がする。剣と剣がぶつかりあう音だ。クラリィスの剣がユウコに届く前に何とか間に合ったようだ。
「ユウコさんは、私が守る!!」
「ユイシィ、気を付けて!!」
 剣と剣とのぶつかり合い。互いの力を比べるかのような構図。ユイシィの剣がクラリィスの剣を押し返す。強い気持ちをその剣へ預けるかのように。しかし、その気持ちを砕くかのようにクラリィスの剣は押し返す。圧倒的な力で。
「二人でも三人でもこの程度?笑わせてくれる!」
 言うと余裕の笑みを浮かべ、周囲の霧を消し去った。
 グリーンユウとルルティアの視界もようやく開ける。即座にクラリィスの元へ駆ける。
 グリーンユウがユイシィとクラリィスが力比べをしているのを見て、今しかないと思った。視界は見渡せる。今こそ攻撃の機会。そう思った。己の持つ重い槍を全身の力を込めて横に薙ぎ払う。それと同時に狭い空間に留まっていた空気が突然悲鳴を上げるように渦巻く。
 ダストスがそれを見て唖然とした表情になる。クラリィスさえも驚いた顔でグリーンユウを振り返る。
 なぜならば、その力はレイジングストーム。それは巨大な嵐を己の力を麻痺させながらも放つ巨大な力。それは周囲全てを巻き込んでいく。そう。敵、味方を問わず。
 発動したアビリティーは途中で止める事は敵わない。ユウコは身を守るようにしながらヒーリングウエーブを展開していく。ユイシィは剣を今まで以上に強く押し返してそのままユウコを守るように自分の体で包み込む。
 ルルティアはその場で動く事無くなんとか凌ぎ、ダストスはグリシナを守るようにして、更にその上からプルーフが覆いかぶさるようにする。
 巨大な竜巻はその部屋全てを崩し去るかのように。大きな轟音を立てながらクラリィスを包み込む。
「くっ・・・・貴様のような強引なやつもいたのか!」
 クラリィスは突然の攻撃に対処する事が出来ずに耐えるしかなかった。崩れ去る天井が全てを飲み込む。グリーンユウの放ったレイジングストームは封印の天井を破壊してしまった。その瓦礫に自分も埋まってしまう。
「うきゅう・・・・・・。」
 妙な呻き声と共に動かなくなるグリーンユウ。しかし、仲間を巻き込んでの攻撃は確かにクラリィスにも衝撃を与えたようだ。だが、実際のダメージはそれほどでもないようで、焦りながらも剣を構えなおしている。
 瓦礫を崩して何とかグリーンユウ意外は無事なようだ。立ち直った全員にほぼ怪我は見当たらない。ユウコのヒーリングウエーブのおかげであろう。
「グリーンさん、後で御仕置きです。」
 ユイシィは恨むような瞳でグリーンユウを睨む。すると気絶しているグリーンユウの口から、
「やめてーー。」
 楽しい夢でも見ているのだろうか。こんな時に。
 崩れた天井から光が注がれる。クラリィスの剣が光る。
「遊びは終わりだ。」
 それと共にルルティアの瞳を見つめるクラリィス。ルルティアの心に衝撃が伝わる。クラリィスの胸元へ何故か目を移すルルティアは己のそれと比べるかのように見る。
「ふむ・・・・・スタイルでは妾の勝ちじゃな」
 何の勝負をしているのだろうか。ルルティアはそれでもクラリィスに対して勝ち誇ったような眼差しだ。
「愉快なおもちゃの兵隊だな。くっくっく。」
 クラリィスがルルティアに向って駆けた。
 ルルティアは死神のような鎌をクラリィスの首を狩るかのように向ける。駆けてくるクラリィスを一刀両断するつもりらしい。懐まで近づけてから彼女は勝利者の笑みを浮かべながら鎌を縦に振り下ろす。
「必殺の奥義、ここに極まれり・・・一刀両断!冥王武神斬ッ!!」
 ルルティアはクラリィスを切り刻む。それと同時に紅蓮の炎がクラリィスを包む。それを駆け抜けて両断したルルティアは背後を振り返る事無く、鎌をしまう。
「なんじゃ、もう終わりか? 早いのう・・・・・堪え性の無い奴じゃて」
 クラリィスはその場に果てた。
 夢を見た。自分の体に起こったことを理解できていない。ルルティアは引き攣った笑みのままその場に崩れ去った。
 クラリィスの剣は違わずルルティアの胸部へ深々と突き刺さっていた。それまでに見たのは幻影。クラリィスが目を見つめた瞬間に頭に浮かんだ幻想。それは、石の力。貪欲に求めるものを欲する者を狂わせる。
「ルルティアさん!」
 ユウコが叫んでルルティアを抱き締める。命の抱擁を行うようだ。その間ユウコは無防備になる。ユイシィはそこへ駆け込みユウコがそれを終えるまで守り通すつもりのようだ。
 一気に二人の者がその場に果てた。ユイシィの顔にはっきりとした焦りの表情が浮かぶ。
 その全てを見ていたプルーフが動いた。ダストスとグリシナを守るためにその場にいたが、劣勢と知り、自ら剣を振るうつもりである。
「姉さん!」
 ダストスの叫びはもはや聞こえていなかった。

 先頭を走るシオンの目の前に一人の女が立ちはだかった。褐色の肌をしたエルフである。メリシュランヅはそれを見て全員の足を止める。
「七本槍・・・・・・。」
 その場にいる全ての者がそのエルフとメリシュランヅを交互に見る。相手は確かに今まで闘った七本槍の特徴に酷似している。シオンは迷わず剣を抜いた。
「ユウコさん、いや、ユイシィをどうした!」
 その瞳は怒りに満ちていた。七本槍が来たという事は。そういう思いがシオンを怒りに震わせていた。
「誰だか知らないけど、あの部屋にいた奴らなら、クラリィス様が今頃。ふふっ・・・・・。」
 シオンの怒りを更に煽る様に言う。女は懐から短剣のようなものを取り出す。それを両手に持つ。エトワール。クラリィスの忠実な部下であり、忍び。
 それを見て全員武器を構えた。
「今は団長を信じる他あるまい。目の前にいる敵を排除し、いち早く合流しよう。」
 メリシュランヅは落ち着いた声で全員に言う。マクセルがその隣に並んでそれに頷いた。
 メイとモモがその後ろにつく。そして、メリシュランヅはシオンに向って言った。
「ユイシィが助けを必要としている。誰でもない、シオンに。行ってやれ。ここは俺達で十分だ。」
 他の者もそれに頷く。状況はどうあれ、封印の間では更なる強敵と戦う二人の姿を思い浮かべる。その二人はシオンにとってどうしても守らねばならない人。メリシュランヅの言葉にシオンは従う事にした。
「すまないでござる。メリシュ殿。二人は必ず守ってみせる。」
 シオンはそのまま封印の間へ走った。
「行かせるか!」
 エトワールがそれを阻むように走るが、それを止めたのはマクセルのホーミングアローである。
「貴女の相手は私達ですよ。間違えないで下さい!」
 左腕に刺さった矢を引き抜きながらシオンが走り去るのを見送り、その瞳は四人の敵を見る。
「なら、貴様らから血祭りにしてやろう。私の本当の力を見せてやる。」
 言うと同時にハイドインシャドウで身を隠す。死角からの攻撃がエトワールの得意技のようだ。普通ならば集中してみればその位置がわかるのに、保護色のようにそれは見分ける事が出来ない。だが、先ほどのマクセルの矢を抜いた事により血が転々とたれる所があるのがわかる。
 メイがその場所へニードルスピアを乱れ打つ。しかし、そのどれも当たる事が無い。寸前で交しているのだろうか。その血を利用して居場所を特定させておいてその場に攻撃が来るのを予想する事は簡単であろう。
 モモは必死であたりを見回している。力になれなくても敵を見つけて指示しなければと。しかし、一向に周囲の気配さえ掴むことが出来ない。そんなモモにメリシュランヅが剣を構えて走って来た。
「モモ!伏せろ!!」
 言われると共にとっさに身を縮めるモモ。何もないような空間にメリシュランヅは分身するような速さでその場を貫く。
 鈍い金属音が響く。ミラージュアタックはエトワールの剣で防御されてしまったようだが、それでも相手の動揺を誘う事が出来たようだ。
「何故、ここだと解った!?」
 確かにそこには血すらない。自分の位置を特定する事など不可能だと思っていた。
「俺達を甘く見ないで貰おうか。」
 モモを立ち上がらせて後ろにかばうようにして剣を構えなおした。その後ろから矢が飛んできた。とっさにエトワールが避けるが、その矢が背後で爆発して爆風に呑まれる。
「ぐっ!」
 マクセルが着弾点を違わず射抜いた。エトワールは悔しさと憎さでいっぱいだった。この程度のものに屈辱を味わったのは今までに無い。
「私は、クラリィス様の一番の僕。貴様らに負けるはずが無い!!」
 右手をかざすとその手から蜘蛛の糸が網状に展開し、メリシュランヅたちを捕らえようとする。それぞれ糸を剣などで切り払うが、巻きつくように全身に絡みつく。それが動きを止める。
 やはり今までの七本槍同様、アビリティーの量が常識を越えているようだ。動きを抑制された全員を見て、エトワールはまたハイドインシャドウで姿を消して移動し始める。
 これではたとえ場所が解っていても駆けつける事が出来ない。遠隔武器のあるマクセルだけが頼りだ。それを知ってか、マクセルは周囲の気配を悟ろうと必死に精神を集中している。
 何もない空間に時折見える、それ。よほど集中してみても見逃しそうなモノ。それは地面の砂の動き。空中を漂う敵ではない。必ず地面を駆ける。足元の砂が確かに動く。それが止まった。狙っているのは。
「私!?」
 止まった場所は自分の背後だった。集中した意識を攻撃へ向わせようとするが、どうしても遅れてしまう。
「遅い!」
 エトワールの声が響く。マクセルは弓を構える暇が無かった。もはや敵の攻撃をどうやって軽症に留めるか、それだけが彼女の脳裏に渦巻いている。あろう事か、マクセルは目を瞑ってしまった。戦いの最中目を閉じるなど、己の危険を覚悟しているかのような。身構えるマクセルに攻撃が、こない。
「貴様!!」
 エトワールの怒り狂う声。それが響く。マクセルの頬に一滴の生暖かいものが触れる。何かの液体。マクセルは目をゆっくりと開く。目の前にはターバンをした剣士が映る。その右腕を敵の剣に貫かれながらも、自らの剣で敵の腕を貫いている剣士。それは、メリシュランヅ。マクセルを守ると言い出したのは何時からだろうか。
 共にその場にいることが多くなったのは何時からだろうか。何時も馬鹿ばかりしている彼が気になって一緒にいる時間が増えていた。いつの間にかそうなった。
『この身に代えても、守り通す。』
 出発前に小さく言ったその言葉が。マクセルの心にほんのりと灯火を与えるかのように。その言葉の通り、彼はその身を持っても、マクセルだけを守り通す騎士となる。
「我が名はメリシュランヅ。マクセルを守りし剣士。黒薔薇の剣士。覚えておけ!」
 メリシュランヅは敵の剣を引き抜く。剣をふる度に薔薇の花びらが舞う。黒く。清い色がその場を満たすかのように。そして、その薔薇に紅い雫が。メリシュランヅの血。それが紅く薔薇を染め上げて一面を舞う花となる。
 エトワールは必死でその剣戟を防ぐが、右手の痛みにたまらず数回食らってしまう。舞い散る薔薇のせいで自分の体が覆われてしまい、これでは姿を消す事が出来ない。
「良いだろう!貴様の名前覚えてやる!地獄への手土産として!」
 もう姿を消そうとはせずにメリシュランヅをそのまま切り刻むように剣を振るう。短い剣だが、その剣先は確かにメリシュランヅに届いている。が、どれも彼の剣で止められる。互いに技と技のぶつかり合いだ。お互いの剣の腕はほぼ互角のようだ。
 二人のその死闘に手を出せないメイとモモはもはやそれを見守るしかない。だが、マクセルだけはその中でも動かなくてはならかなった。自らの気持ちを確かな物とするためにも。その目に流れる涙の意味を。
 マクセルはホーミングアローをエトワールに向けて放った。メリシュランヅとの打ち合いで他に気を配れないエトワールの背中にそれは刺さった。
「ぐあぁ!!」
 痛みに剣の動きが止まる。そこへメリシュランヅは一気に剣戟を放つ。苦しみながらもその内の一撃だけは剣で防ぐ事が出来たが、二本あるうちの一本はその攻撃で遠くに飛んでいってしまった。
「忘れないで!その人の傍には、私がいる事を!」
 憎い。目の前にいる全ての者が。全ての愛が。全ての言葉が。私はエトワールだと。クラリィス様が待っている。なのに、目の前にいる。敵。憎い。全てが。己さえも。
 口から血を流しながらもエトワールは憎しみの瞳で四人を見つめる。その瞳は燃える様だ。エトワールは動かない右腕を無視して左手で蜘蛛の糸を展開する。先ほどよりも更に量が増えている。その糸を塞ぐ手立ては無い。
 張り巡らされた糸に縛り付けられて動く事が出来ないマクセルに、エトワールは走った。
「ならば、貴様に絶望を与えてやる!!」
「マクセル!!ぐっ!動け!!」
 全身を縛られて動けないメリシュランヅ。メイとモモは何とか足を止めようとスピアを放つが、敵には当たらない。
「メイ!そのニードルを俺に!この糸ともども!早く!!」
 メイは迫力あるメリシュランヅの言葉にとっさに反応した。もう残り少ないそれをメリシュランヅへ放つ。メリシュランヅの体にもそれは刺さるが、それほどのダメージではない。そして、そのおかげで動く事が出来る。まさにエトワールの左手に握られている剣がマクセルへ突き刺さろうかと言う瞬間。それは、メリシュランヅの背中に突き刺さった。
「ぐっ・・・・・・。」
「メリシュさん!?」
 マクセルを抱き締めるようにしながらも敵の攻撃を全て自分へ向けようとする。だが、すでに満身創痍の彼にはそれ以上攻撃を受ける事も敵わないように見える。が、それでも。
「守ると決めた。何があっても。」
 マクセルを見つめる瞳は何処までも澄んで。痛みに耐える顔でも、口元には笑顔を。
「ばか・・・・・。」
 マクセルはエトワールが剣を抜こうとしているのを見て、弓をエトワールの額に向けた。そして、躊躇せずにそれを放った。
 とっさに身を反らすが、追尾する矢はエトワールを追う。剣を手放してメリシュランヅから離れるも、その矢を胸に受けてしまう。
「ぬが!き、きさ・・・・まらぁ!!!」
 エトワールも血だらけでもはや動ける状態ではないようだ。その瞳からは涙が流れている。悔しいのだ。愛しい人を守ることが出来ない。相手には出来て、自分には出来ないのが。それが悔しいのだ。
 倒れるエトワールを見てメリシュランヅもその場に崩れ落ちる。マクセルはその体をしっかりと抱きかかえ、更なる矢を弓へ添える。それはエトワールを狙う。
 その時である。四つの影が空に浮かぶ大地の果てへ向うのが見える。
「クラリィス様!」
 エトワールはもはや力が残ってはいなかったが、そこへ向い走った。もう動かない両手。目も殆ど見えていない。それでも解る。自分の愛する相手が苦しんでいる。それが。
 マクセルはそれを追う事が出来なかった。もはやマクセル自身も動ける状態ではないようだ。膝の上で眠るメリシュランヅを抱えたまま、その走り行く者の無事を祈りながら。

 プルーフの剣はクラリィスを完全に捕らえていた。ユイシィとユウコを睨んでいてその存在を忘れていたクラリィス。普段は口数が少なくおとなしいように見えるプルーフのその目は何時ものものではなかった。
 傷は浅いがその鋭い剣の筋は只者ではない事がわかった。クラリィスは流石に距離を離す。
「くっ・・・そうか、貴様も冒険者だったな。忘れていたぞ。」
 プルーフは何も言わずにただ敵を見つめている。
 クラリィスはもはや石の力も忘れていた。己の手に持ったそれから伝わる以上に、その敵に興味が行ってしまったのもある。石から伝わる強欲の力が、それを強めていたのかもしれない。己の求めるモノ。それが己の手中にあるがゆえに。
 剣を構えなおし、その目はプルーフよりも、ユイシィに向けられた。それは、ユイシィを見ての判断。プルーフと見比べてもその力量の差を測ったかのように。クラリィスは残酷な笑みを浮かべた。プルーフはその動きを捉えてはいるが、動きが少し送れてしまう。
 ユイシィは剣を構えて対峙するつもりだ。いくら相手の力が上だろうと、守るべき者がいるならば。それはプルーフの強さを自分にも欲しいと思う、その心からか。しかし、心の中からは叫んでいる。蒼い髪を持つ、あの武人に助けを。
「シオンさん!」
 叫びと共に現れたのは心待ちにしていた人。颯爽とクラリィスの剣を薙ぎ払って登場したのはごつい鎧の武人。
「援護にやってきたぜ。」
 何時もの口調ではない。この時のシオンは本気である。傷ついた二人を見て、更に。
「貴様がクラリィス、敵の総大将か!貴様をここで倒して七本槍に思い知らせてやる!」
 シオンはユイシィの目の前に着地した。守り通すべき人が背後に二人いるそれだけで彼に力が溢れてきているかのように。またしてもそんな相手が目の前に来てもはやクラリィスの心情は穏やかではなかった。最初から相手を見下して行動していたわりに相手がまるで倒れない。倒れてもまだ立ち向かう者がいる。それが更にクラリィスを苛立たせる。薙ぎ払われた剣をその手に呼び戻し、シオンへ斬りかかった。
 真紅の薔薇がクラリィスの体からあふれ出るように。薔薇の剣戟が放たれる。シオンは急いで剣を使用して二回ほど剣で受け流し、一回は盾で受け止め、一回は体を反らして避けた。が、残る一撃だけはシオンの足元へ振り下ろされた。
 シオンの太ももから激しく鮮血が吹き出る。まるで舞い散る薔薇のように。
 プルーフはその間に走り寄っていた。シオンの足から鮮血が噴出すそのまさに瞬間。プルーフの剣に轟く雷が宿る。目を大きく開き、敵の一番無防備な腹部へと居合い斬りを見舞う。痺れる感覚と切り裂かれる感覚がその瞬間クラリィスを襲う。自分の腹部から大量に血が流れ出すのを見て何事が起きたのか全く理解していない。
 痛みなど知らないかのようにクラリィスは鬼神の如く剣を振るう。その剣は動けないシオンを通り越してユイシィの右腹へと突き刺さる。アビリティーの力ではなく、怒りに任せたただの剣の突き。だが、その剣は確かにユイシィを捕らえていた。ユウコが後方から連続的に放ち続けるヒーリングウエーブの力を凌駕するかのように、傷口は深く。
 プルーフとシオンがそれを見て同時に仕掛ける。ピルグリムやギア達の戦いでアビリティーの切れてしまったシオンはその剣の力だけを頼りに剣を振り上げる。クラリィスはそれを剣で防ぐもシオンの力を全て削ぐ事が出来ずに無防備になってしまった。そこへ間髪いれずプルーフが電刃衝奥義で攻撃した。
 クラリィスはその時点でもはや正気を失っていた。自分がまるで悪夢を見ているような感覚に陥った。
「何故だ!何故倒れぬ!」
 苛立ちを通り越してそれは狂ったような叫び。ついにクラリィスは石を手に闘う武器をその場に捨てて走った。正確な判断が出来ていない。本来初めから力を使えばそれほど長続きしない闘いだったはず。相手はたかが冒険者であり、こちらが狩猟者だったはず。だが、狩られ追われるのが自分である事に納得できない。全身から大量の血を流していて判断が鈍っているのかもしれない。何故、そこまで傷ついているのか。己の体から溢れているのは。
 その石だけが、便りだった。クラリィスはその石から発せられる欲望の光を天に掲げる。それだけで至福の喜びに満たされる。私を救えるのは石だけだという思いが。天空の大地の最果てへと向わせる。その先から落ちればエンジェル意外は死に至る奈落へ。
 シオン、ユイシィ、プルーフがその後を追う。ダストスもそれに続くように走り出した。シオンは反対方向から一つの影を見る。褐色の肌を持つエルフが全身血まみれで走ってくるのを。
「クラリィス様!いけません!まだ貴女には!」
 口から血を流しながらも最愛の人の名を叫ぶエトワールであった。クラリィスはその声にも振り向きもせず、ひたすら前に進む。
「いけない!このままじゃ石を持ち去られてしまう!あそこから落ちたら見つけるなんて!」
 ユイシィが痛む腹部を押さえながらも懸命に追う。まだ傷の浅いプルーフがいち早くクラリィスの元へたどり着く。そこは既に天空の切れ目。一歩でも進めばそこは・・・・・。
 ダストスは走った。誰よりもその人を守りたかった。クラリィスの考えが彼にはわかったから。それを止めようとするプルーフがどういう行動に出るかが理解できてしまったから。
「姉さん!」
 改めてその名を叫ぶ。プルーフでは無く、プルーフである存在。姉であり、姉でない存在。だが、心が叫んでいる。二度失いたくない存在であると。助けれるのは今度だけだと。ダストスは懸命に走った。
「石を・・・・・・・。返し・・・・・・なさい・・・・・・。」
 プルーフは剣をクラリィスに突きつけた。クラリィスに逃げ道は無い。助けに走るエトワールもプルーフの攻撃に間に合うような距離ではなかった。クラリィスはただ笑った。石を胸に押し当てて、私のものだと強調するように。目の前で命を奪う剣を掲げるプルーフなど見えていない。見えているのは自分が派遣を握る大地。地獄の大群が闊歩するランドアースの無残な姿を思い浮かべる。
「邪魔を、するな!」
 邪悪な思いが力となったか、その石を持った右手から黒炎が迸る。誰も間に合いはしないと思っていた。が、緑色と桜色がプルーフを突き飛ばす。
「プルーフ姉さん!」
 ダストスは間一髪でプルーフを守った。己の左腕を焼きながらも。
 ユイシィがその間にクラリィスの元へたどり着く。剣を振るう先はクラリィスの右手。石を掴んでいる手。
「渡さない!その石だけは!!」
 右手がそれで切り離される。クラリィスの腕が空中を舞った。
 瞬間が永遠とは、この時の事を言うのだろうか。クラリィスは切り離された右手を取ろうと左腕を伸ばす。エトワールはバランスを崩して落ちそうになるクラリィスを抱きかかえようとしている。たどり着いたシオンはクラリィスの左腕を狙って剣を振るっていた。
 まるで止まっているようだった。
 石が光る。光輝く石が、更にきらめいた。強欲に。何者をも手に入れようとする悪魔の力が最後の雄叫びを上げた。
「静かに眠りなさい。この石版の中で。」
 石は引き寄せられるように石版へと導かれていた。なんとか立ち上がることの出来たルルティアとグリーンユウに支えられるように、ユウコが石版を掲げていた。切り離されたクラリィスの右手から石は石版へとまるで自ら納まるかのように。
 石版へと石が封じられた瞬間である。巨大な振動が天空を覆う。それと共にクラリィスたちの足場が崩れ去る。
「クラリィス様!!!」
 石を求めて伸ばされた左手をエトワールが掴むも、エトワール自身にそれを支える力もなく。共にその場から遥かかなたへ落ちて行った。
 ダストスたちの足場も崩れようとしている。シオンはユイシィを背負い、プルーフはダストスを背負ってその場からなんとか逃げ去った。
「ここから落ちて生きて戻った者はいない・・・・・・。」
 ダストスが薄れ行く意識の中で、それを祈っていた。

 それからまるまる二日間冒険者達は昏睡状態だったという。目覚めたものを迎えたのは温かなグリシナと、リディアの護衛士団たちだった。ほぼ全員が重傷状態だったため、あと三日は滞在してからの下山を勧められ、甘んじてそれを受ける事とした。未だに目覚めない者もいるが、数日すれば元気になるだろうという。
「これで、総大将あわせて残る七本槍は三人でござるな。」
 シオンは言う。きっとワイルドファイアへ行ったフラジピルたちが倒したと信じているからだ。
「地上では既に戦争が始まっていると聞きます。傷が癒えたらまた闘いですね。」
 ダストスは言った。
「それでも、今は休みましょう。それが、今出来ること。」
 光る石版を見ながらユウコが言った。その石版の中央にはいくつかの紋章が浮かんでいる。どんどんその実態を明らかにして行く石版。最後にはどうなるのだろうか。浮かび出る残った石の場所も消えずに残っている。
「残る石は三つ・・・・・・・。」
 ベッドで眠るメリシュランヅを見ながらマクセルは言った。そう。残る石は後三つ。まだ、闘いは終らない。
 地上では、更なる悲劇が待っていると。彼らは帰宅と共に死を告げられる。
 アーポンとディムトスの二人が命を落としたと。
 夏はまだ続く。空はまだ照りつける太陽が熱く。青い空に浮かぶ雲は白く。
 失われた物が大きく、影を落とす。道に陰りが見えた。行く先は闇か。光なのか。

 ☆Tao☆旅団で留守を守っていたチャチャとオルドの元に一つの情報が流れ込んできた。それは空から巨大な塊が落ちて来たと言うのだ。その塊はモンスターであったと聞く。しかし、遥か上空から落ちてきたのか、その塊はその場で破裂して動かなくなったと言う。だが、それで済めば良かったのだがその塊から女性が見つかったというのだ。その女性はその森で独り暮らす冒険者が引き取ったという。その女性は褐色の肌を持ち、右手が無かったと言う。
 さらに、その男の胸には黒い石がアクセサリーとして付いていたのを見たと言う冒険者がいると言う。そして、密かに☆Tao☆旅団へ接触をした金剛の化身・キンカラが石を手にしたと言う情報があった。
「終らないのですね。」
 チャチャがこれから起こる出来事に不安な顔をする。
「とにかく、そろそろ帰ってくるのよね?暖かい食事でも作って待っていましょう。」
 暖かい笑みを浮かべながら厨房へと向っていった。チャチャもそれを追う。せめて暖かな食事で元気になってもらおうと。これから起こる事に、負けないように。調理する手に思いを込めて。

第四話:虹の架け橋・完。


マスター:メリシュランヅ背後
ワイルドファイアの異変を探れ!
参加者:4人+NPC7人(フラジピル・アーポン・アップレ・マドゥリージュ・ウィン・ディムトス)

冒険結果:成功!!
重傷者:蒼穹の薔薇水晶・パライバ(a15940)・
死亡者:風の放浪者・アーポン(NPC)・眠れる野獣ディムトス(NPC)


リディアを守れ!
参加者:8人+NPC3人(メリシュランヅ・ダストス・プルーフ)

冒険結果:成功!!
重傷者:漢女凶戦姫・ルルティア(a25149)・自分探しの旅をする者・ユイシィ(a29624)・生野菜・グリーンユウ(a23820)・性欲をもてあます・メリシュランヅ(a16460)・桜ドリアッドの霊査士ダストス(NPC)
死亡者:なし

全体入手アイテム:光輝く真円の石
石の数:4個(紅・翠・黄・光)闇に蠢く魔界の住人の力をひしひしと感じるが、それを封じる力を持っている。中央に浮かぶ石の場所は消える事無く残っている。虹色に光る天空が描かれた紋章が浮かんでいる。
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